1962年,ウンベルト・エーコは,英語では『Open Work』として知られる『開かれた作品(Opera aperta)』というタイトルの独創的な本を出版した.この本は,ジャック・バーンハムの『近代彫刻を越えて(Beyond Modern Sculpture)』(1968)のような他の数少ない古典とともに,メディア・アートとして知られる現象の理論的基盤の一部をなしている.エーコの本は,前衛的な音楽,文学,視覚芸術,つまり——ロバート・ラウシェンバーグの作品名を借りるなら——「オープン・スコア」をベースにした作品を研究した.エーコが興味を持った作品は,明確に「閉じられた」意味を持つことを避けて制作されていた.そのような作品は,観察者の意識に延々と響きわたる.意味を付与するプロセスには終わりがない.
『開かれた作品』は,もうひとつの注目すべき「開かれた」プロジェクトであり,本年,10周年を祝ったICC オープン・スペースを思い起こさせる.オープン・スペースは,アートとテクノロジーとメディアの,変化しつづける関係性に特化した,注目せずにはいられないショーケースである.オープン・スペースの業績のひとつは,メディア・アートの優れた作品はある程度オープンである——新たな技術的可能性を探り,メディア文化的なモチーフを熟考し,ありうる解釈を提示しつつ,それでいて結論や説明を考えつくことを拒むこと——を証明してきたことだ.来場者は,各々が自分自身で解答を見出さなければならない.オープン・スペースは,そのような開かれの称賛である.世界でもこの種では唯一無二のプロジェクトだ.
私は,これまでの10回すべての展示を見てきた,おそらくただひとりの外国人(ガイジン)として,かなり特別な立場にいることに気がついた.オープン・スペースに選ばれてきた作品は,メディア文化とアートにおける変化を多面的なプリズムのように反映してきた.唯一不変のものは,あらゆる不変をあえて避ける必要性であったかもしれない.これは,もちろん実験的なアートそのものの活力の基である.しかし,たぶんひとつの例外がある.それはICCのトーテム・ポールのようになってしまった作品だ.すべてのオープン・スペースの企画展と,それ以前にも展示され,ICCが1997年にオープンして以来,常設展示されてきた,グレゴリー・バーサミアンの偉大なる《ジャグラー》である.
《ジャグラー》は,メディア考古学的なインスタレーションとして特徴づけられる.それはゾートロープについての考えを見直し,回転溝付きドラムをストロボ・ライトと取り替えることによって,驚くべき固形物のシュールなイリュージョンをフルモーションで引き起こす.私が知りうるほかのどの施設とも異なり,メディア考古学は常にICC を活気づけるためのヴィジョンのひとつとなっている.この連携を象徴するマニフェストとして,岩井俊雄は1997年のオープニングのために《メディア・テクノロジー~7つの記憶》を制作し,同作品は——しかるべき理由があって——2006年に最初のオープン・スペースで再び展示された.この作品は,メディア考古学という分野そのものすら存在しなかった時代に,メディア考古学という独自の探求を始めたヴィジョンを持ったアーティストによって解釈された,メディア文化の架空の進化の「ミニ・ミュージアム」である.
メディア考古学者はちょうど現在から過去までと同じくらいたやすく過去から現在まで旅するため,オープン・スペースで展示される作品を順を追って議論することは無意味である.メディア考古学的な意識とは,特定の方向へ矢が飛んでいくというより,むしろゆっくり変化する,内省的な場である.オープン・スペースの最初の展示からごく最近のもの(2015年)まで,スズキユウリ,和田永,藤幡正樹による作品を前後に揺れながら研究しても大丈夫だ.スズキユウリの《ガーデン・オブ・ルッソロ》はメディア・アートの歴史と対話をし,最も記憶に残る表現で,未来派の騒音芸術とルイジ・ルッソロの調律された騒音機械(イントナルモーリ=騒音楽器)を参照している.しかしながら,スズキの作品は,これら神話化された機械の忠実な再現というより個人的な再考である.
和田永もまた,第二世代のメディア考古学的アーティストのひとりである.彼のインスピレーションは,ガーネット・ヘルツとユシー・パリッカが「ゾンビ・メディア」と呼ぶ問題に関連している.和田は,時代遅れのメディア・テクノロジー——オープンリールのテープレコーダー,ブラウン管のテレビモニター,VHSヴィデオカセット・プレーヤー,ラジオなど——をハッキングし,リサイクルし,再機能させることにとりつかれている.彼の活動は,Open Reel Ensemble のワイルドな演奏から,古いラジオからの音が,蟹の足を模した形の塔に収められたブラウン管のモニターに映像として変換され映し出されるインスタレーション《蟹足電輪塔》に及ぶ.初期の作品,《時折織成ver.2——落下する記録》(2013年展示)は,とてつもない視聴覚的な体験を引き起こすために,ほとんど寺院のような構造の4つの柱の上に稼働するオープンリール・レコーダーが使われた.
メディア文化の背後に生まれた独創的なひらめきのひとつであるシャドウ・プロジェクション(影の投影)には,オープン・スペースの展示に参加している複数のアーティストが取り組んできた.最近の作品として,藤幡正樹が一対の魅惑的なシャドウ・シアター——原案となった2 つの作品は20年の時を隔てており,彼の全作品を通じた一貫性を示している——の展示をした.藤幡の最も複雑な作品《モレルのパノラマ》(2010年展示)では,彼は目まぐるしい連想方法で,インタラクティヴ性,デジタル・モデリング,パノラマ画像,アイデンティティの政治,物語性にまで関わっている.忘れがたい影のインスタレーションとして展示されたものには,minim++(ミニムプラプラ)の《KAGE》(2007年展示),ラファエル゠ロサノ・ヘメルの《フリークエンシー&ヴォリューム》(2009年展示),シルパ・グプタの《無題(シャドウ#2)》(2012年展示)とクワクボリョウタの《10 番目の感傷(点・線・面)》(2010年展示)がある.
ジュリアン・メールとゲープハルト・ゼンクミュラーに言及することなくこの考察を終えることはできない.両者とも,自身のアート活動を通してメディア考古学的な問題を何年も探究してきたアーティストだからだ.メールによる,極小の小さな自作のプロジェクターのグループで構成された映像ベースのインスタレーション《オクテット・プロジェクター》(2012年展示)は,微妙な,しかし驚くべきメディアのマジックといじくりまわせる技術,低解像度映像のプロジェクションの歴史的研究から,非常に集中した,規範に捕われないヴィジョンを統合していた.ゼンクミュラーの《パラレル・イメージ》(2010年展示)は,フランツ・ビュッヒンガーとともに,画像解析と伝達のメディア考古学的探求として認識されている.それはファックス機とテレビ送信機や受信機の歴史に共鳴するだけでなく,カメラ・オブスキュラをも想起させる.
驚くべきことは,私がここまで考察してきたすべてのものが,オープン・スペースが最初の10年間に提供してこれたもののほんの一部であるということだ.メディア・アートは,メディア文化の変化とともに変わってゆく.オープン・スペースは,まさにこのプロセスを観察するための公共実験室であり続けてきた.私は,オープン・スペースの次の10年間に強い期待を寄せている.