グローバル・インテリア・プロジェクト #1 藤幡 正樹
現実の世界でもネットワークの中の世界でも,人は人と出会いたがっている. どんなに機械が進化しても,それを作った人あるいはそれを通して対面する人 の方が,その間にはさまった機械よりもおもしろいのだ. |
今回のプロジェクトを始めるにあたって考えたのは,こうした電子ネットワー クの持つ可能性を,現実の姿として見せることは不可能でも,それをなんらか の形で一般の人たちにも分かるように,作って見たいと思ったのだ.そこに潜 在する可能性を作品化してみたいということであった.もっとも大きなテーマ は,現実とヴァーチュアルの空間という対比関係に,プラス,ヴァーチュアル 空間の模型を物として作って見せてみたいということだった.しかも,この模 型を通してヴァーチュアル空間でのユーザーのあり方にフィードバックがかか るようにすることで,現実からヴァーチュアルへの一方通行の意識の流れに逆 らった流れが加わり,それらの関係性に乱れが生まれることで,こちら側の現 実を再考,再認識するような装置としてこれを作りたかったのである.実際に は,都内の離れた4カ所に置かれたターミナルから,ユーザーはこの世界に入っ てくるのだが,この静かな暴力のない映像だけの世界の中で戯れている彼らの 動きが,現実の世界の中で,ばたばたと音をたてて開閉する扉として表現され ているのを見るのは,私にとってとてつもない楽しみであった.そこに誰がい て,いったい何をしているのかを知ることができるのは,本来ネットワークの 管理者だけが持つ特権であり,ペナルティーであるのだが,ここではそれが広 場のように公開され,そこを通って別の場所へ向かうユーザーもいるわけであ る.ヴァーチュアルな世界が現実と邂逅する界面の作り方によって,ヴァーチュ アルな世界の構造は変化してしまうのである.そうした変化のおかしさが扱っ てくれた人に伝わってくれれば,大変にうれしいと思う. |
ネットワーク関連のソフトウェアも,ソフトの技術そのものを競うものから, そこで繰り広げられる人間関係のありかた,コミュニケーションのスタイルと でも言うべきものの方に,論点が移ってきているようだ.コミュニケーション を単にコンテンツのディストリビューションと考えると,現時点では「メディ ア技術よりもコンテンツが重要」という議論になるが,コミュニケーションを 直接に人と人をつなぐ技術とすると,そこに生まれるであろう「メディア空間 のありかた」の問題となる. | |
例えば,電話のことを考えてみると,毎日会っている人どうし,しかも明日会 うことがわかりきっている人どうしでさえ,電話しあったりするのは,いった いどういうわけか? それは,電話でなくては伝えられない会話があるという ことであり,そうした会話がスムーズにすすむようなスペースがそこに発生し ているということなのである.テレビ,ラジオ,電話,ファクス,ポケットベ ル,携帯電話,電子メールなど様々なツールを,各々の目的に従って使い分け る人が増えてきた.しかし,私はまだまだ足りないと考えている.相手に表現 したい内容に合わせた容れ物が欲しい.今あるメディアの中で表現すると窮屈 になってしまうような内容のものが必ずあるはずなのだ.それを作り続けてき たのがアーティストであると思うし,現実にアーティストは,歴史の中でそう した枠組を壊し続けてきた存在であるに違いない.メディアの形態ということ を考えると,それは究極的には変幻自在で,表現者が自由に作り変えられるも のであるべきである.つまり,メディアそのものが表現の対象となるべきもの であると考えるのだ.少なくとも,インターネットから始まろうとしている新 しいネットワークの世界ではそれが可能なように感じられる.日々様々なアプ リケーションやツールが発表されるが,古いものも相変わらず使われていたり するところが面白い.それは,古いものの環境にも,それなりのメディア空間 が生まれていて,ユーザーは目的によってそれらを使い分けている.そこに新 しいツールが出現すれば,それを誰もが即座に試しては,様々な意見を言いあ うような土 壌が,ここにはすでにできあがっているのだ.誰もが,新しいア イディアの発見,メディア空間の創造にやっきになっているということなのか もしれない. |
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NTTヒューマンインタ フェース研究所が開発した「インタースペース」のプラットフォームを用いて, 藤幡正樹がヴァーチュアル空間とリアルな空間との間に,実物として作ったヴァー チュアル空間のモデルをはさみこむことで,両者の新しい関係をデザインした 作品. | この作品は,「インタースペース・キューブ」と呼ばれるアクセス端末と, 「マトリクス・キューブズ」と呼ばれるオブジェが収納された開閉式ボックス によって構成される.「インタースペース・キューブ」はICCギャラリー,ス パイラル,P3の3会場に,そして「マトリクス・キューブズ」はスパイラルに 設置された.鑑賞者は,「インタースペース・キューブ」の覗き窓の部分に設 置されたトラックボールによって,壁面に投影されるヴァーチュアルな空間を 移動したり,そこに浮かぶオブジェを操作したりすることができる.ヴァーチュ アル空間は,48のキューブ状の部屋によって構成され,ひとつのキューブから 他の隣接したキューブへと自由に移動することができる.そして,それぞれの 部屋には,「本」「りんご」「帽子」「靴」「ドアノブ」「コーヒーカップ」 といった日用品のCGによるオブジェが中空に浮かんでいる.同様に,「マトリ クス・キューブズ」も48のボックスによって構成され,それぞれのボックスの 中にはヴァーチュアル空間と同じ「本」「りんご」「帽子」等のリアルなオブ ジェが入っている.そして,それぞれのボックスの扉は鑑賞者の移動と連動す るかたちで開閉する.つまり,鑑賞者がりんごの部屋にいるときは,りんごの オブジェが入ったボックスの扉が開いている,そして3人が別々の部屋にいる ときは3つのボックスの扉が同時に開き,3人がひとつの部屋に同時にいるとき はひとつの扉だけが開いていることになるのである.従って,鑑賞者のアクセ ス行為は「マトリクス・キューブズ」の蓋の開閉を通じて第三者から目撃され ていることになる.また,ヴァーチュアルな部屋にはいくつかの仕掛けが施さ れている.例えば,電話のCGオブジェに触れると会場に設置された実際の電話 機が鳴ったり,ボタンのCGオブジェに触れるとランダムに部屋をワープしたり, さらに「マトリクス・キューブズ」のリアルタイム映像が壁面に映し出される 任意の部屋では,映像上で部屋をカーソルで指定するとその部屋へとジャンプ することもできる.あるいは鑑賞者自身や他の鑑賞者がアクセスしている後ろ 姿の映像が映し出されている部屋もある.さらに,ヴァーチュアル空間内で他 者と出会うと,TV会議システムのようにお互いの顔を見ながら複数で会話をす ることが可能であり,会議室と呼ばれる部屋から他の鑑賞者たちに向かって話 しかけたり,空間内で出会って会話をしながら一緒に移動したりという,現実 とかけ離れた多様なコミュニケーションが行なわれた. |
インタースペースについて 鈴木 元 (NTTソフトウェア) 現在,通信技術の分野では電話やパソコン通信の発展形態として,サイバース ペースと呼ばれる,CG,ヴィデオ,音声等のマルチメディアを用いたコンピュー タ通信環境についての研究が進んでいます.これはマルチメディアを用いて仮 想的な空間を通信網上に生成し,そこに多数の人間が集まって,あたかも仮想 都市のような環境の中で,社会活動やコミュニケーション,情報交換を行なう という概念です.新たな電子化社会空間とも言えるような,情報や人との出会 いの場を仮想空間として提供しようとするものです. |
NTTではこのような効用の高いサイバースペースの実現を目指して,「インター スペース」の研究開発を進めています.「インタースペース」とはヴィデオカ メラで撮影した映像のリアルタイム通信をベースとする多人数参加型仮想空間 のプラットフォームです.各利用者は三次元CGで描かれた仮想的なビルディン グ,部屋,広場等の中を,ジョイスティックやトラックボールなどの簡単なデ ヴァイスを操作することにより,あたかも自動車を運転するように自由に動き 回ったり,他の利用者の分身に近づいて話しかけたり,情報を持った物体に近 づいて詳しく観察したりできるほか,互いに集まって討論するなどの多様なイ ンタラクションが可能です.「インタースペース」のシステムでは,各利用者 のマルチメディア・パソコンは通信網を介して仮想空間サーバーに接続されて おり,利用者が共有する共通の仮想空間は,各利用者の仮想的な視点からの遠 近法的視界として表現されます.また,互いの仮想的な距離に応じて声や映像 の大きさが制御され,空間の中で近づいたり,離れたりする感覚も生成されま す.さらに,ヴィデオカメラで撮影された各利用者の顔の映像が互いに相手に 電送されるため,実在の人間同士が本当に出会うのと同等の,現実的な社会関 係としてのコミュニケーションを実現します. |
「インタースペース」は,このような新しい電子社会としての基本機能を実現・ 提供することによって,今後のサイバースペースの世界を先進的にリードする ことを目指しています. |
48個の部屋からなるマトリクス・キューブズの地図
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プロジェクトを終えて 藤幡正樹 作品を作るということは,完成を常に予測し,そこで起こるであろう観賞者の 反応を思った方向へと導こうとすることだ.いわば,一種の小説や演劇のよう に,それが一次元的な時間軸の中にある場合にはそれが顕著であるのだが,も ちろん絵画を描く時にさえそれは考慮されているものである.それでも,読者 はいろいろな深読みをするものだ.異なった解釈,異なった感動が生まれるこ ともある.それが,その作品の内容よりも,その器であるフォーマット,小説 だったら文字の選びやレイアウトといったその媒体,つまりメディアそのもの が表現となるような場合には,どうなるのだろうか? メディアの形態によっ て読者の対応は当然異なってくるはずだ.今回のプロジェクトは,そういう意 味でメディアそのものを新しくデザインしたわけで,制作したこちら側にさえ 予測のできなかったことが様々に起こったように思う. |
まず,作品は(作品と呼ぶことにも,違和感を感じるな)ネットワークという ものが潜在的に持っている不思議な可能性を提示しようとして構成されたのだ が,ユーザーにとっては,一種のディズニーランド的なアトラクションのひと つでありうるということだ.先見的にそれは,「おもしろい」か「おもしろく ない」かに分類される.「おもしろかった」後にそれがなぜおもしろかったの か考えてくれれば,まずまずの成功なのだと思うのだ.実際には,こちらの予 測した場面以外にも様々な場面に「おもしろい」と思ってくれた場面があった ことは幸いだった.例えば,ある部屋で出会ってから,ワイワイ話していた連 中がどんな連中かと思って彼女たちのいるはずのサイトへ行ってみたら(実際 には彼女たちの後ろ姿が見える),なんと女子高校生だったのだ.また,ずっ とヴァーチュアルの空間で話していた相手とその後で実際に会った時のなんと も生々しい感じは忘れがたいものだ.つまり,ヴァーチュアル・スペースでの 存在と現実の場所(空間)にいる身体とが,どこかで必ず出会うのだが,その 出会いが本当に起こった時には,いつもちょっとしたショックが起こるという ことらしい.結局,複雑な概念を構成したつもりだったのだが,現実的には生 身の人間と現実の空間の持つ重さを改めて楽しんだという側面が現われてきて, 大変に刺激的であった. |
「インタースペース」雑感 鈴木元(NTTソフトウェア) 今回のIC '95の企画では,「インタースペース」を用いて,藤幡正樹氏とNTT グループの技術者との協同制作で,サイバースペースのデザインについて新た な挑戦を行ないました.参加メンバーにとっては企画から制作まできわめて厳 しいスケジュール(思い出すのが恐ろしい)でしたが,ネットワーク上の仮想 空間において,人間と情報がインタラクションする情報通信環境のデザインを どう考えるか,インタラクションの楽しさを突き詰めて考えるとどうなるか, 現実の世界の美と対比しうるCGの美しさとは何なのか,仮想と現実の境界は何 かなど,きわめてインスピレーションに満ちた刺激を浴びて高揚しながら,異 なる背景を持つ人たちとの協同制作を推進しました. |
キューブというきわめて単純な空間のハイパーネットワーク化は,物理条件に とらわれない人工空間に,よくある現実の高層ビルの模倣では持ちえない新し い可能性をもたらしました.また,人工的な映像と音響に満たされた黒体輻射 のような箱の中に,穴からもぐるように身体を半分没入するというインターフェィ スは,当初の予想を超えた新しい空間感覚を実現できたように思います.さら に,実際の展示中の利用者の反応から,人間同士をネットワークするというこ との魔力,人間が他人という存在に対して抱く興味の深さ,情報と人間のバラ ンスなど,多くの驚きと発見がありました. |
今回の経験とデザイン概念はICCの基本構想である「ヴァーチュアル・ミュー ジアム」の具現化の重要な一歩になると確信しています. |