ジョージ・ソロス / 投資と慈善が世界を開く

 

 1966年以降,ソロスはアメリカの証券を扱うようになり,1969年にダブル・イーグル・ファンド,1973年に「ソロス・ファンド」(後の「クォンタム・ファンド」)を設立する.ソロスは相棒のジム・ロジャーズと組んで,自分が投資決定の判断を下し,その後にロジャーズが調査するという役割分担を決めていた.1969年におけるソロスたちの資本金は400万ドル.1973年には1200万ドル.1980年には,これが4億ドルに膨らみ,現在までの運用利回りは年平均35%を記録している.1969年に1万円を預けたとすれば,1997年には2500倍の2500万円になっているという驚異的な数字だ.

 1979年,ソロスは最初の妻と別れ,また,大きくなりすぎたファンドの運営をめぐって,相棒のロジャーズとも1980年に訣別する.そして1981年,ソロスの「クォンタム・ファンド」に最初の危機が訪れた.この年のファンドは,創設以来はじめての損失を出した.ファンドは4億ドルから2億ドルに縮小し,運用実績は22%のマイナスであった.

 ソロスはファンド設立当初からこのかた,贅沢な生活をすることよりもむしろ,どこまで緊張や不安に耐えられるかという精神の鍛錬に関心があったようである.投資に先だって,あらゆることを知っていなければならないという重圧,そして自分の投資決定は誤っているかもしれないという過剰な自己批判.こうした過度のプレッシャーに耐える騎士精神こそ,ソロスが自分に課したものであった.しかしソロスによれば,この頃から自分自身の人格までが変わっていったという.心のなかには罪悪感と恥辱が大きく占めていたが,それを切り抜けることができるようになってゆく.

 同年,ソロスは「クォンタム・ファンド」を分割して複数のファンドの集合体に変形し,現役のマネージャーから退いて,スーパーヴァイザーになることにした.ところがこのプランはあまりうまくいかず,1984年にはマネージャーに復帰して,再び投資ビジネスに本腰を入れはじめる.またソロスは,自らの投資理論をテストするために,投資の決定を克明に記述する「リアルタイム実験」を行なっている.その内容はソロスの著書『The Alchemy of Finance』[★7]の一部として紹介され,多くの関心を呼んだ.とりわけ1985年のプラザ合意では,ドルの下落を予測し,15か月のあいだに114%の儲けを出すという大成功を収めた.しかし1987年に,アメリカは株価大暴落(ブラック・マンデー)を経験し,ソロスも多大な損失を被る.もっとも年間の収支としては14%の利益をあげることができた.

 1989年に東欧革命が起きると,ソロスの関心は,投資よりもロシアや東欧諸国に対する慈善事業へと移っていく.しかしファンド全体としては,1991年から1993年にかけて新たな成長期を迎える.それは,ファンド・マネージャーとして採用したスタンレー・ドラッケンミラーの手腕によるところが大きい.1997年における「クォンタム・ファンド」の運用資金は180億ドル.この資金をデリヴァティヴで運用し,レヴァレッジ効果[★8]をきかせれば,その10倍の1800億ドルという巨額の資金を動かせる計算になる.日本円にして約20兆円である.『フィナンシャル・ワールド』誌が発表した93年度の長者番付によると,第1位がソロスで,その所得額は11億ドル,第4位がドラッケンミラーで,その所得額は2億1000万ドルであった.

 最近のソロスの活躍は,「開かれた社会」の社会構想を布教する政治および慈善活動に重心を移している.その内容についてはすぐあとに述べるとして,ここでは最近生じた二つの出来事を記しておきたい.一つは1998年8月のロシア通貨危機によって,世界的な金融不安が生じたことである.この影響で,ヘッジ・ファンドの大手各社は多大な損害を被った.とりわけ「ロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)」の破綻は,デリヴァティヴ理論によってノーベル経済学賞を受賞したマイロン・ショールズ[★9]とロバート・マートン[★10]の二人を経営陣に含んでいたこともあり,世界に大きな衝撃を与えた.一方ソロスは20億ドルにのぼる損失を被り,自らのファンドの一部である「クォンタム・エマージング・グロウス」の運用を打ちきることに した.

 もう一つの出来事は,1999年2月に,ソロスの側近としてファンドで働いた経験をもつフガラが,ブラジル中央銀行総裁へ就任したことである.これに際して米国の著名な経済学者ポール・クルーグマン[★11]は,ソロスのファンドにインサイダー取引疑惑を投げかけたが,関係者の猛烈な反発にあい,撤回・陳謝している.「私は人生のなかで最悪の一つに数えられるまちがいを犯してしまった」.このように述べるクルーグマンは,現在,ソロスと対極の立場に立つ論敵である.

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