ジョージ・ソロス / 投資と慈善が世界を開く / 註

■註

★1
「開かれた社会」とは,責任を引き受ける個人を陶冶するために批判的討議や合理的反省を重んじ,漸次的に社会を改良していくことを目指す社会である.これに対して「閉じた社会」とは,部族社会・呪術社会・集団主義社会を指す.そこには個人の発意や独立はなく,したがって反省意識を高めることはかえって社会を不安定なものにする.
★2
European Monetary System. 1979年に,EU諸通貨の安定を目指して発足した.ECU(欧州通貨単位)の創出,ERM(為替相場メカニズム)に基づく域内為替相場の安定化,各種信用供与制度などからなる.
★3
Karl Raimund Popper(1902−1994).ウィーン生まれの哲学者,思想家.処女作『探求の倫理(Logik der Forschung)』(1934)/英語版=『科学的発見の論理(The Logic of Scientific Discovery)』(1958)は,科学と形而上学の境界線を反証可能性に求め,論理実証主義の論理を破綻に導いた.『開かれた社会とその敵(The Open Society and its Enemies)』(1945)では,プラトン,ヘーゲル,マルクスなどの思想がもつ危険と論理矛盾を鋭く批判し,開かれた社会を企てるべく,批判的合理主義と漸次的社会工学を提唱している.ポパーの思想の根本には四つの考えがある.(1)知識はすべて仮説にすぎず,究極的に正当化することができないとする非正当化論,(2)大胆な仮説の提示と厳しい批判的検討によって,よりよき真理に到達すべきだとする科学的啓蒙,(3)合理主義の基礎は「合理性を信じる」という信仰主義への最小限の譲歩にあるとする批判的合理主義,(4)社会変革をユートピア的に行なってはならず,制御しうる範囲で部分的に改良を試みるべきだとする漸次的社会工学である.
★4
内田詔夫・小河原誠訳,未来社, 1980.
★5
John Maynard Keynes(1883―1946). イギリスの経済学者で,マクロ経済学の基礎を築いた.主著は,『雇用,利子および貨幣の一般理論』(1936).
★6
Soros, George, メThe Burden of Consciousnessモ (draft). この一部は,Soros, George, Soros on Soros: staying ahead of the curve, New York, J. Wiley, 1995(ジョージ・ソロス著『ジョージ・ソロス』テレコムスタッフ訳,七賢出版,1996)に所収.
★7
Soros, George, The Alchemy of Finance (new edition), 1994, Lescher & Lescher, Ltd., New York(ジョージ・ソロス著『ソロスの錬金術』ホーレイU.S.A.+PACIFIC ADVISORY&CONSULTANT訳,総合法令出版, 1996).
★8
「レヴァレッジ(leverrage)」とは,梃子作用を意味し,小さな作用で大きな効果をもたらす場合に用いられる.先物,オプション,スワップといったデリヴァティヴ取引の特徴.
★9
Myrom Scholes(1941―).ブラック(Fisher Black)と共同開発したブラック=ショールズ・モデルが,オプション理論の基礎を築いた.
★10
Robert Cox Merton(1944―).資産選択の理論を,より一般的な異時点間の消費・投資分析として展開した.
★11
Paul Robin Krugman(1953―) .アメリカの経済学者.収穫逓増となる産業に着目する戦略的通商政策の観点から,産業構造と経済政策を研究.
★12
ソロスのアート支援は,1997年の時点で420万ドルに達している.その内容は実にさまざまであり,現在,http://www. soros.org/ceu.htmlにおいて紹介されている.
★13
「ヨーロッパ中央大学(Central European University)」とは,ソロスが1991年にブダペストに設立した大学であり,修士課程のプログラムを中心に,現在30か国から600人以上の学生が集まっている.
★14
「再帰性(reflexivity)」とは,自分で自分の認識や実践を捉え返す作業のこと.とりわけ自分の振る舞いが依拠する文脈や社会構造にについて反省的に捉え返すことは,近代的な主体の理想とされてきた.しかしそうした再帰的反省が過剰になると,社会システムはかえって不安定化する.
★15
知識の不完全性について,より詳しくは,オドリスコル=リッツォ著『時間と無知の経済学』(橋本努・井上匡子・橋本千津子訳,勁草書房,1999)を参照されたい.
★16
「ハイゼンベルクの不確定性原理」とは,1927年に提唱された量子力学の基本原理である.古典力学においては,粒子の物理状態は位置と運動量によって一義的に決定される.しかし微視的粒子を扱う量子力学においては,位置と運動量を同時に正確に決定することはできない.ハイゼンベルクはこのことが,古典的因果律の破棄につながると考えた.
★17
「バイアス」とは,統計調査の結果誤差のうち,一定の傾向をもった誤差を指す.
★18
金融・経済の時系列データの動きには,季節変動,循環変動,不規則変動などがあるが,「トレンド」とは傾向変動を指し,長期的な線型の上昇(下降)傾向を意味する.
★19
1987年における株価大暴落は,先物市場を駆使するポートフォリオ・インシュアランス(PI)のメカニズムそのものであるという見方もある.PIは,株価が上昇すると株式を買い増すので株価の上昇が加速され,反対に,株価が下落すると株式を売却し,株価の下落をいっそう加速する.これが株価暴落を招いたと考えられるのであるが,実際PIを用いた投資会社が大きな損害を出したことも確かである.
★20
ある国家を破壊させるほどのブーム=バースト過程を引き起こす投機家は,その事態に対して政治的責任があるだろうか.責任はむしろ,投機を受ける側の政府にあるとみるべきだろう.1992年におけるタイの通貨危機の場合,対外赤字の拡大と国内の金融不安にもかかわらず,タイ国が高金利を維持し,対ドル相場を高水準に固定したことが原因であった.実体経済から乖離したマクロ政策を運営する政府は,市場によって評価される.
★21
効率的な市場において,株価は,一見ランダムに動いているようでも,あらゆる情報を完全に反映しているから,既存の情報を利用する限り,投資家は全市場参加者が受け取る収益の平均よりも高い収益をあげられないとする理論.
★22
「市場原理主義」とは,市場メカニズムに任せれば,社会は人々の厚生基準を全体として高めることができるとする見解をいう.何でも市場に任せればよいとする極端な見解として,反対者たちの「わら人形叩き」に使われる用語である.
★23
「市場原理主義」とは,市場メカニズムに任せれば,社会は人々の厚生基準を全体として高めることができるとする見解をいう.何でも市場に任せればよいとする極端な見解として,反対者たちの「わら人形叩き」に使われる用語である.
★24
「批判的合理主義」とは,「私は間違っているかもしれない,あなたが間違っているかもしれない,そしてお互いに批判的に検討しあえば,よりよい真理に到達できるかもしれない」とする見解をいう.カール・ポパーによって提唱された思想上の立場であり,その後,批判的合理主義の可能性をめぐって現在も論争が続いている.
★25
「可謬性(fallibility)」とは,ポパーが用いた用語で,われわれの知識が完全に真理に到達したかどうかは確証できず,常に誤っている可能性があるということ.どんな見解も可謬性を免れず,絶対に正しいことはありえないとする見解を「可謬主義」という.
★26
Soros, George, Underwriting Democracy, Free Press, New York, 1991.
★27
Soros, George, The Crisis of Global Capitalism, Little, Brown and Company, London, 1998(『グローバル資本主義の危機──「開かれた社会」を求めて』 大原進訳,日本経済新聞社, 1999).


■邦訳参考文献

・ジョージ・ソロス著『ジョージ・ソロス』テレコムスタッフ訳,七賢出版,1996.
・ロバ−ト・スレーター著『ソロス──世界を動かす謎の投機家』三上義一訳,早川書房,1995.
・ジョージ・ソロス著『グローバル資本主義の危機──「開かれた社会」を求めて』大原進訳,日本経済新聞社,1999.
・ジョージ・ソロス著『ソロスの錬金術』ホーレイU.S.A.+PACIFIC ADVISORY&CONSULTANT訳,総合法令,1996.
※本論考作成にあたっては上記の著書より適宜引用した.
はしもと・つとむ
1967年生まれ.
北海道大学経済学部助教授.
著書に『自由の論法──ポパー・ミーゼス・ハイエク』(創文社),『社会科学の人間学――自由主義のプロジェクト』(勁草書房)などがある.また2000年4月以降に共編著『オーストリア学派の経済学』(日本経済評論社),『マックス・ヴェーバーと近代日本』(未来社)の出版が予定されている.
URL=http://www.econ.hokudai.ac.jp/staff/hasimoto/

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