Special Article

Digital Alexandria

情報の回廊を逍遥する――
知のコンソーシアムを目ざす
「ディジタル・アレキサンドリア」

青山友紀+岩渕潤子+小野定康
AOYAMA Tomonori, IWABUCHI Junko and ONO Sadayasu


「謎の集団」との問いに答えて

昨年12月3日,江戸東京博物館を会場にして行なわれたディジタル・アレキサンドリア第1回国際シンポジウム「諸文明の饗宴――ディジタル・テクノロジーと美術館の未来」から数か月が過ぎた.

この間,多くのマスコミ関係者,出版社,研究機関からお問い合わせをいただいたが,最も多かったのは「どこの省庁がバックですか?」「どこがお金を出しているんです?」,そして「今年は何をやるんですか?」といった,きわめて現実的な質問だった.同時に「私は著作権に関する研究をしています」,あるいは「わが社ではデジタル画像を使ってこういったビジネス展開を考えています」といった情報の提供(言葉を換えるなら「売り込み」)も少なくなかった.しかしながら,一番多かったのはきわめて単刀直入に,「ディジタル・アレキサンドリアとは誰が何をやっているのかさっぱりわからない.規約を送って下さい」という問い合わせであった.

実際のところ,私たちは特定の省庁からの依託研究を引き受けているわけでもなければ,特定企業による支援を受けているわけでもない.にもかかわらず,ディジタル・アレキサンドリアの活動がこうした質問や売り込みの恰好の対象となるのは,あちらでもこちらでもデジタル・アーカイヴ「構想」だの「プロジェクト」だのが乱立しているいまの日本の状況では無理からぬことで,「今年は何をやるんですか?」とたずねる質問者からは,「どうせ他の団体と同じように一回,華々しくイヴェントをやっただけで終わりだろう」といった諦めと,「話だけではなく,実体をともなったアーカイヴを作るというのなら,自分も一枚かませて欲しい」といった,強い焦燥感のようなものが感じられた.

「ディジタル・アレキサンドリア」は1998年4月,東京大学・慶應義塾大学を中心とする研究者によって,デジタル時代にふさわしい文化遺産の画像アーカイヴのあり方と,その実現のために必要となる新たなデータ依託管理形態の提案,著作権,課金システムと国際協調のあり方を考えるために,まったく任意の研究グループとして発足した.いずれはリアル・ワールドで,「アレキサンドリア図書館」に匹敵する施設を所有することも考えないではないが,当面のところはヴァーチュアルな図書館,あるいは,ムーゼイオンとしての活動が中心である.

初会合以来のメンバーの顔ぶれは,あいうえお順に,青柳正規(東大副学長/文学部教授),青山友紀(東大工学部教授),伊藤真(弁護士・弁理士),岩渕潤子(美術館運営・管理研究者),小野定康(慶大環境情報学部客員教授/NTT未来ねっと研究所特別研究室長),高橋潤二郎(慶大常任理事/環境情報学部教授),徳田英幸(慶大常任理事/環境情報学部教授),原島博(東大工学部教授)である.

わずか8名だが,考古学者,著作権・知的所有権を専門とする弁護士,情報通信システム,デジタル信号処理,超高精彩画像処理などの専門家,それにコレクションズ・マネジメント・データベース構築を含む美術館・博物館の運営システムの研究者などが加わって,それぞれの国際的な人的ネットワークを駆使して,高品質な画像データを膨大に扱える「デジタル時代のアレキサンドリア図書館」というヴィジョンを具体的に描くために,定期的に研究会をもちながら活動を続けている.

東大と慶大が,国立・私立の垣根を越えて,個人レヴェルとはいえ,初めて全面協力コンソーシアムを結成したということで,それ以外の大学や研究者に対して排他的な組織なのではないかと見られたようだが,決してそんなことはない.今年度以降は,なるべく多くの研究機関の参加を求め,広く社会に呼びかけていく予定だ.また,私たちは唯一絶対の巨大デジタル・アーカイヴを設立しようというわけではなく,秘密主義や情報寡占は結果的に日本全体の研究レヴェルを落とし,世界から取り残されることになりかねないと危機感を抱いているため,各地で多数のデジタル・アーカイヴ構想が同時進行していることを歓迎こそすれ,排斥しようとはまったく考えていない.私たちが保持している技術や情報についても,積極的に開示していく予定である.

第1回国際シンポジウムでは,資生堂,森ビル,NTT,NTTデータ,大日本印刷など,多様な企業より協賛並びに協力というかたちでご支援をいただいたが,今後も研究の継続的なパートナーとして私たちの活動を理解して下さる企業がさらに増えることを期待し,また,研究の成果をパートナーである企業各社と共有することによって,支援にはお応えしていきたいと考えている.

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