時間の速度を緩めると空間も広がる

キラ

LW──最後の質問です.あなたのお仕事にとって,奥さまのキラ・ペロフはどんな貢献をなさっておられるのでしょうか?

BV――キラは私の仕事に欠かせません.実際,私の精神の片側なんです.とても無私無欲で,いつもほかの人のことを気づかっている.そのことは私も,ほんとうに見上げています.自分が彼女と同じようにふるまえるかどうか,自信がありませんね.家族のことから仕事のことまで,世事万端,見事にやりさばいてね.これだけで彼女を愛し,尊敬しています.子供たちにとっても,すばらしい母親なんですよ.彼女はまた,私のプロジェクトのすべてのオーガナイズやマネージメントもやってくれます.
しかも彼女は,私と一緒に暮らしていて,創造的な生活とつきあっている.これはもっときついはずですね.創造のプロセスを,とてもよく理解してくれます.私がなにかで思案にくれていたりすれば,ちゃんとわかっているけれど,無理強いすることはありません.私がその試練を終えるまで待っていて,ちょうど頃合を見計らって,方向づけの一言や示唆を与えてくれるんです.私がしばらくかかわっていた仕事があったとすると,それを彼女にいつ見せたらいいか,私には直観的にわかるんですよ.ある時点に達すると,「オーケイ,キラに見せなくっちゃ」というわけ.彼女は私に反応して,2,3,大事なことを言い,私が思い着いていなかったことに,美しく点火させてくれるんです.

すべてのことをバランスよくやっていくのはむずかしい.私のやっていることの一部はビジネス,つまり生計をたてるためのものですからね.ところが,自分が好きでやっていることでもあって,金儲けや請求書を支払ったりすることではないのですからわりきれない.でも,世の中はそういうものであり,アーティストにつきまとってきたことなのですよ.それから,子供もいる.子供にも愛がからみます.だから,あなたはどうその時間をやりくりしていますか? 愛をすべてのものに,どのように平等に与えますか?
とても込み入った問題ですね.去年はおそらく,われわれがこれまで一緒に暮らしたなかで一番つらい年でした.1年中,ホイットニー美術館での展覧会のためにかかりっきりだったんです,ノン・ストップでね.私の父が同居しはじめ,それから病気になった.本当にきつかった.
ぜんぶに渡りをつけて,カタログをまとめてくれたのはじつはキラだった.彼女は写真家でもあり,カタログの写真はたいがい彼女が撮ったものなんですよ.あのプレッシャー,あのエネルギー――彼女はすっかり,あの展覧会づくりのプロセスの一部になっていた.
つまり,デイヴィッド・ロス,ピーター・セラーズと私,この3人はあるレヴェルではいろいろ考えることができるけれども,そうしたことをいつも地に足のついたかたちにひきおろし,仕事がはかどるようにチャンネルづけてくれたのがキラだった,ということ.それはとても立派でした.われわれはみんな,一所懸命に働かなければなりませんでした.まだその片づけが終わっていないんです.父の病気はようやく快方に向かっていますけれどもね.「よくやれたなあ」と思わずにはいられませんよ.でも,それを言うなら,どうやるのか,自分でもわかりません.わかるのは,そうなってしまう,ということだけです.

[このインタヴューは,アムステルダム市立美術館でデイヴィッド・A・ロスおよびピーター・セラーズの企画によって開催された「ビル・ヴィオラ」展(ニューヨークから巡回,1999年にはフランクフルト他へ巡回)を機会に1998年5月11日,アムステルダムで行なわれた]

ビル・ヴィオラ
1951年1月25日,ニューヨークに生まれる.
シラキュース大学カレッジ・オヴ・ヴィジュアル・アンド・パフォーミング・アーツ卒業.
72年からヴィデオ作品およびヴィデオ・インスタレーションをつくりはじめる.
《I Do Know What It Is I Am Like》(86)はロカルノ・ヴィデオ・フェスティヴァルでグランプリを受賞.ほかに《The Theater of Memory》(85),《Trilogy−Fire, Water, Breath》(96)など,ヴィデオ特有の時間と記憶をテーマにした作品を発表している.
95年の第46回ヴェネツィア・ビエンナーレにはアメリカを代表して出品,大きな話題を呼んだ.93年にドイツで最初のメディア文化賞(Medienkulturpreis)を受賞.
同年シラキュース大学から,97年,スクール・オヴ・ジ・アート・インスティテュート・オヴ・シカゴから,98年,カリフォルニア・カレッジ・オヴ・アート・アンド・クラフツから,それぞれファイン・アーツの名誉博士号を受ける.
97−99年,ロサンゼルス・カウンティ・ミュージアムをかわきりに,ニューヨークのホイットニー美術館,アムステルダム,フランクフルトと巡回展が開催される.
ロウリーン・ウェイエルス
1941年生まれ.
アーティスト.
「Art meets Science and Spirituality in a changing Economy」創始者.
アムステルダム在住.
たかしま・へいご
翻訳家.

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