Special Article

Bill Viola

時間の速度を緩めると空間も広がる
Let Off the Speed, Space Opens Up

ビル・ヴィオラに聞く
BILL VIOLA

インタヴュアー:ロウリエン・ウェイエルス
Interviewer: Louwrien WIJERS
高島平吾 訳
Translation: TAKASHIMA Heigo


ビル・ヴィオラ[以下,BVと表記]――母は,ごくふつうの中流階級の主婦でした.私はニューヨークのクィーンズに生まれて,16歳までそこに住んでいたんです.それからロングアイランドの郊外に移った.彼女は私の仕事を一所懸命励ましてくれました.私とはとても気持ちがぴったりしていて,いつも心から面倒をみてくれ,とても前向きでしたね.この船の絵は私が3歳のときに描いたものですが,私がアートの世界に入っていくのは,家庭のなかで言えば,これがそもそもの始まりなんですよ.いまでも覚えているなあ.母がね,私に船の絵を描いてくれようとしたことがあったんだけど,うまく描けない.それで私がじれったくなって,彼女から鉛筆をとりあげ,船ってこんなふうだろう,と思ったとおりに描いた.いや,実際上手に描けたんで,みんなびっくりしちゃって,大変なモテかただった.それ以来,彼女は,私に「描け,描け」と勧めるようになりました.私はいつも,彼女が見てくれている,という感じがしていたな.いまでもそうです.

ロウリエン・ウェイエルス[以下,LWと表記]――お母さまを通して精神性のことを学んだ,というわけでしょうか.

BV――とても愛情深い人でした.芯のしっかりした人.からだはとても小さかったんですがね.背丈が157cmそこらしかありませんでした.イギリスに生まれて,1920年代の初め,3歳のときにアメリカに来たんです.母の父親がその数年前に仕事を見つけに来ていて,家族全員を呼びよせるだけの蓄えができたんですね.イギリスのほうの家系はおもしろいんですよ.親類に,いくぶん変わり者のインテリや,心霊力をもった人もいたようですからね.あちらの家系を調べてみたら,11世紀の地方の大修道院の院長にまでさかのぼりました.

LW――イギリスのどのへんですか?

BV――北西部ですね.リヴァプールに近い,バロー・イン・ファーネスという造船の町.ほとんどの者が製鋼所で働いていたようですね.イギリスに残っている親類に叔母がいたんです.私は会ったことはないんですが,どうやらとても頭がよくて,いくらか心霊力もあったらしい.あるとき,その叔母のことを,母が話してくれたんですよ.実際に行く前から,よその家の内部を克明に述べたり,明日訪ねてくる人の服装を言い当てたりしていたそうです.私が子供の頃,母は,その叔母がいつもそういう経験をしていながら,他人にはしゃべらずにいた,と言っていました.母には,そういうことがもう一つなじまなかったんでしょうね.そっちの方向に向かうのが苦手だったらしいことは明らかでした.  そういう意味では彼女はコンプレックスを抱いていたようでしたが,でもとても思いやりがあって,世間づきあいも深く,信仰心も篤かった.毎週欠かさず教会に通っていたというわけではないけれど,神や,人生のより深い面との結びつきを,ごく自然に,深く感じとるタイプでした.父はもっと実際的でね,ものごとをきちんと,スケジュールどおりにこなすほうで……,物質的な世界にどっぷり浸っているという感じだった.母が関心をもっていることは尊重していたものの,そういうこととはまったく縁遠かったん です.

LW――でも,お母さまのようなところは,あなたにもあるのでしょう?

BV――ええ,その自覚はあります.ごく幼い頃からそうでした.

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