ロボットの生態系

期待される自我ロボット像

佐倉──自我,時間意識,身体感覚,他者との協調などたくさんのテーマで話をしてきましたが,そうしたものをロボットが獲得することの社会的意義というか,人間がどういう恩恵を受けるのかについてはいかがお考えでしょうか?

浅田──基本的にロボットは必ず人間の社会に入って共存するだろうと思うんです.そのとき従来のロボットだと機能が限られていて,融通が利かない.いわゆる産業ロボットをはじめとする非常に断片的な局面だけの作業ではなく,人間と共存するロボットというと,人間とのコミュニケーションを含めていろいろな多様性を含むだろうと考えられます.
つまり,人間を対象にした場合,ある単一のタスクを遂行するだけではなくて,買い物をしたり話を聞いたりという人間相手のインタラクションをどう捉えるかが問題になる.現状のロボティクスでは難しくて,もう少し現場でカスタマイズしてきちんと言うことを聞いてくれないとダメだと思うんです.そのためにはロボット自体がきちんと他者を認識し,人間とは何かということを理解してくれないと困るんです.

いま一番問題になっているのが,コミュニケーションです.現状の音声認識システムでは言語に関してはまったくトップダウン的に与えています.
それでわれわれが最終的に目指しているのは,先程の話で言うと,ロボット自身が成長する過程のなかでシンボルが発生すれば,ロボット同士でコミュニケーションを取るようになる.それが確立すると,対人間で何が起こるかというと,ペットとの交流のようなコミュニケーションです.つまりペットは話せないけれど,人間とは何らかのコミュニケーションを取っているわけですね.人間の赤ん坊も初めはしゃべることができないのに言葉を覚えていくわけですから,ロボットも,人間が教えることで言葉を覚えるようなメカニズムを設計していかなければならない.そうしてカスタマイズの過程を含めて,人間と接触することで人間を理解するようになるでしょう.

最初に言いましたように,自分の体を使って物と関わることによってその意味を捉える.リンゴを取り出して「これはおいしい」とやるかどうかはわかりませんが,ロボットにとって意味があるものとの関わり合いで言葉を提示することで,人間とのコミュニケーションの可能性が出てくると思います.それが多分人間と共存するロボットにとって必要な機能なり能力であって,自我とまでいかなくても認知プロセス,いろいろなことを理解して言葉を発声し,人間とコミュニケーションがとれる人工システムをつくりたいですね.

佐倉──よく世間では,ロボットがやたらと自我をもつとかえって危険だと言われます.人間に反抗するようになるんじゃないか,と.しかしそうではなくて,自我をもたないと人間とはコミュニケートできないということですね.そうしてこそ,初めて人間と共存するロボットができると.

浅田――言い換えるとアシモフの三原則をきちんと守ってくれるロボットということなんですが,そんなロボットはまだいないんです.まず人間を守る,人間の命令を聞くということは,人間がコンピュータに明示的に行動を指示したプログラムを入れてそれを実行するというのではなく,やはり音声なりで指示したことを守るということです.

そしてこれが一番難しいんですが,ロボットが自分を守るということ.ロボット三原則のヴァリエーションはいろいろあるんでしょうが,ロボットが人間社会で生きていくうえで必要なルールだと思うんです.まあSFではそれを破るロボットが数多く現われていますが.しかし少なくとも三原則を実現するためのメカニズムは明らかにしたいですね.

佐倉──浅田さんのそのへんのお考えにはやはり,『鉄腕アトム』の影響があったりするんでしょうか?

浅田――個人的にはそうでもないですが,やはり日本のロボット研究における『鉄腕アトム』の影響には計りしれないものがあると思います.欧米のロボット研究にはそういう文化的な意識はないですね.彼らは,「壊れる機械」という認識です.それに対して日本の研究者は認知とかは関係なく,最終の姿は『鉄腕アトム』だというのが多いんです.その意味では生命論的というか,認知プロセスを含めてもう少しヴィヴィッドな人間との円滑なコミュニケーションを目指しているところがあります.

佐倉──前に聞いた話ですが,アメリカでは,産業ロボットが導入された際に「俺たちの職を奪うな」と工場労働者がストライキをする.昔なら機械打ち壊し運動.それに対して,日本では「モモエちゃん」とか名前を付けて歓迎パーティーまで開いたりしちゃう(笑).

浅田――やはり手塚治虫の影響は大きいですし,文化的な違いも大きいですね.最終的にロボットが人間社会に入るにあたって,私は,日本がそれに取り組む世界で最初の国になるのではないかと思っています.ホンダがヒューマノイド型のロボットをつくるという発想も,欧米ではできないと思います.

佐倉──すると「日本から発信の……」というのは期せずしてそうなっているということですね.

浅田――「日本発」と言いすぎるのは欧米に対するコンプレックスの裏返しだと思うし,私にはそういう意識は全然ありませんが,結果としてそうなっているのかもしれませんし,そこに文化的なものが関係しているかもしれません.

佐倉──賛成です.そもそも,「欧米vs日本」という図式は無意味ですよね.欧と米は一つじゃないし,中国や韓国も無視しちゃってますもんね.コンプレックスの発露ではなく,いろいろなアプローチの仕方,いろんな視点がありうるということだと思います.ロボットの共存というのも,文化によって,さまざまな仕方があるということですね.

[1999年1月6日,ICC]


あさだ・みのる
1953年生まれ.
大阪大学大学院工学研究科教授,知能・機能創成工学専攻.
ロボットの視覚研究から知的システム構築を目指して,ロボットによるサッカー試合「ロボカップ」を提唱,実践し,身体による知能発現,認知ロボティクスの研究を行なっている.
さくら・おさむ
1960年生まれ.
横浜国立大学経営学部助教授.
進化論に基づく科学技術論と人間論が研究目標.
著書=『現代思想としての環境問題』(中公新書),『生命の見方』(法藏館),『進化論の挑戦』(角川書店),『生命をめぐる冒険』(河出書房新社)など.

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