ジェームズ・タレル・インタヴュー: 光に触れる意識

音と光の交差

佐々木――宮内勝典さんが30年以上前のサンタモニカの白いスタジオでの潮の音のことを書いています[★6].あなたが他の音は聞こえなくて太平洋の海の音だけが聞こえる部屋をつくったという話です.宮内さんはグリフィス天文台のそばにあるロスの音全体が立ち上ってくるところにタレルに連れて行かれたとも言っていますが.音を使った作品は他にありますか?

タレル── 多くの作品で音を使っています.《テレフォン・ブース》にもあります.識域の少し上くらいの音です.

佐々木―― 何の振動を使っているのですか?

タレル── 《テレフォン・ブース》では子宮の音を使っています.素晴らしい音ですよ.それから自然の音.いくつかの場所で風の音を使いました.あとその近くの滝の音.15マイルほど先でも聞こえるような滝の音をパラボラを使って集音し,ブースもパラボラ状にしたのでかなりパワフルに音が聞こえました.

宮内さんが書かれている潮の音の作品と同じです.海からは1マイル半離れていて,夜になって町の音が静まると聞こえてくるのです.稀少な場をつくるというアイディアは気に入っています.風や潮といった自然な音を使うこともありますが,ニューヨークのPS1では町の音を消すようにしてみました.

混沌の中でピュアな場をつくりたかったのです.都会の騒音に慣れてしまうとそれさえ気がつかなくなるので,その音を止めてしまったり,違う音にしてしまうのも奇妙で面白い体験です.

佐々木── ソアリング[★7]のときにはどんな音が聞こえるのでしょうか?

タレル── それは時と場合によります.現代のグライダーの中はとても静かです.けれども車と同じように,時速120マイルで飛んでいるときに窓を開ければ,すさまじい音です.最も快適なソアリングは夏の暑い日で,高度を上げていくとどんどん涼しくなります.300mで摂氏1度,1000フィートで華氏3.5度下がります.そして十分涼しくなって,通気口を閉めると非常に静まり返った空間をつくることができます.高空にいて,静かだとスピードを感じません.

だから移動している感じを楽しむにはときどき通気口を開けてみたりもします.飛行の醍醐味は感じることですから,下降にダイヴして低空を行くのも楽しいものです.まるで浮遊しているようなんですよ.一番いい時間は夕暮れですね.ひどく静かな中を浮遊しながら,地球の色が変化するのを見るのは素晴らしい感触です.最後のランディングをその時間にできると最高ですね.

佐々木── ヴァーチュアル・リアリティに関わる人はマルチモダリティー(多重知覚)といいますが,光と音,振動をどう表現の中でつなぐか,示唆はありますか?

タレル──いまはとてもエキサイティングなときだと思います.しかし,ヴァーチュアル・リアリティに関していえば,私にとってはその装置が問題です.《ガス・ワークス》は少しヴァーチュアル・リアリティに近いと言えるかもしれません.ただ,やはり,目の前のスクリーンでなく,心に投射することがベストでしょう.スクリーンはあまりリアルではないですからね.

人々が同時多発で夢をみているように,イメージを転写することは可能かもしれません.そしてそれを示唆するような奇妙な事柄も起きています.目の裏側こそ,今後最も大きな未開拓領域なのですから.パラ・サイコロジーという烙印をおされている分野であり,また科学分野で異色とされがちですが,それに名称がないからといって,その感覚を私たちがもっていないことにはなりません.ですから知覚心理学はこの時代,保証された環境が整い,急激に発展すると思います.

私たちはアーサー・C・クラークの本『幼年期の終わり』[★8]のような世界に向かっており,まさに精神のバランスが問われるときでもあります.このような感覚,言葉を使わないコミュニケーション,イメージ転写,(バイオ=フィードバック,サイコ=フィードバックを学ぶための)新しい装置,といった方向に確かに私たちは向かっています.そして世界のどの国のどの文化も,これらが主流となる前に,私たちがまだ手にしていない心理的健康とバランスが必要となるはずです.

佐々木──最後の質問なのですが,タレルさんは作品をつくる根拠を世界にたくさんもっていらっしゃる.宮内さんがタレルさんの運転するモビィ・ディックと名付けられたキャディラックで二人で町中に光を探した経験について語っています.

「通りのある部分だけ,朝の街角に射してくる光で異化されるところ.光と空間が際立ってくるところ」を探して,車を止めて,だまって指でさす.そういうことをしたと言っている.若いアーティストはどうやって根拠を探せるのでしょう?

タレル──まず覚えておかなくてはならないのは,アーティストになるために最も必要とされるのは楽天家であることです.アートは購入先送りが最もしやすい物件です.売れないことを心配していては,アーティストという職業を生涯のものとすることはできないでしょう.しかし,現代においてはいままで以上にアートが必要とされている時代です.

文化変遷のサイクルを見たとき,日本はいままさに自国の美術をもって国際レヴェルでブレークする寸前にあるといえるでしょう.アメリカの美術が独自のものとして形成されたのはたった50年前です.長いことヨーロッパの美術を模倣し,コレクターはヨーロッパの美術を収集し,美術館はヨーロッパの美術で埋め尽くされたあとにやっと,アメリカの美術を買いはじめ,画廊が展覧会を開き,ヨーロッパのコレクターが買いはじめたのです.

この状況は日本ですでに始まっています.誰もいまそんなことは起きてはいないと思っているかもしれませんが,いま起きていることなのです.日本のアーティストがアメリカに住み,アメリカで作品が売れています.いま日本のアートを買うアメリカのコレクターがいますが,もうすぐ日本のコレクターが出てくるでしょう.自国のアートの自国のコレクターというのはいつも一番最後にきますけどね.そして,日本にはたくさんの美術館がある.

私が1961年に初めて来たとき,その後の1967年でさえ,これほど多くの美術館はなかったでしょう.ほとんどの展覧会はデパートで開催されていました.いまやいろいろなところに美術館があります.もちろん美術館は質の高いアートで埋められる必要がありますが.けれどもすぐにその時期はやってくるでしょう.もし,あなたが若くて日本人であるなら,いまがアーティストになるときです.

佐々木── 日本でのパーマネント・コレクションはあるのですか?

タレル── ベネッセが作品を買いました.また,これから川西町の作品もつくります.二つの可能性があるというところですね.

佐々木── この国の各町に《ウェッジワーク》があるといいと痛切に思います.

タレル── いいことを言ってくれますね.そうしたいですよ.日本のアートについてのことは本当ですよ.不景気だとか日本のコレクターのことに関するあれこれ聞きますが,もうすぐそこにきているんです.私はとても楽観しています.美術館にお金がないなんてたいした問題ではないのです.

[8月11日, 世田谷美術館]

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