ジェームズ・タレル・インタヴュー: 光に触れる意識

佐々木──タレルさんはそのことを「エントリー」という言葉で表現していますが,タレルさんの作品の前で,人はソフトな探索を強いられる.タレルさんの光にはそういう束縛がある.

タレル── 私はそれが,人がもう少しゆっくり時間を過ごすきっかけになればとも願っています.自分がオープンしていて,そのうえ減速すれば,そこで起こる現象は知覚の基本体験と言えると思うのです.

佐々木── 部屋の奥に作品が置いてあるというのではなく,その場所に入り込んだ知覚者の動きも含めて,場所全体が設計されているように思うのですが,そう考えてもよろしいのですか?

タレル── ええ.私は人がどのように部屋に入るかについても気にかけねばなりません.横浜のポートサイド・ギャラリーの展示[★3]ではそれが難しかったのです.会場が狭くて外光からすぐに私のつくる光の深さへと移動しなければなりませんでしたから.

ここ(世田谷美術館)ではもう少しプレリュードがとれます.初め外光を考慮し,次に室内の少し落とした光,そして普通その後で私はエントリーについて考えます.時間のことも含めて.光の暗さ,深さに順応するには時間のかかるものですから.私はすべてをあわせて考えたいと思っています.

佐々木── どれくらいの時間をコントロールされているのでしょうか?

タレル── ポートサイド・ギャラリーの場合は8分くらいです.それはそこに何があるか知っている私にとっての時間ですが.

佐々木── 日本で作品をつくるときには,日本の夏の光ですとか,世田谷の濁った空気とかすべてが作品に入っているのですか?

タレル── 日本の光は雲によってあるいは公害によって柔らかくなっていますね.いずれにせよ,柔らかい光です.今回は二つの作品で外光を使っていますが,私はそれらの光がとても気に入っています.静かで柔らかい光です.私がそういうのは肯定でも否定でもありません.

しかし,それは柔らかい光,優しい光です.日本文化の中で制作するのが私にとってありがたいのは,人々がこうした作品を体験することに用意ができていることです.時間のスタイルとも言えますね.例えば,アメリカ東海岸ではもっと難しいでしょう.あちらでは大きな作品をつくりやすい.見る人はわかるか,否定するかどちらかですから.東海岸では制作の仕方を変えています.

佐々木── 外光を使うということは,開館時間から閉館時間までずっといる人を想定していますか?

タレル── ええ.それに雲が流れるだけでも変化します.あと私はずっと《スカイ・スペース》の作品を日本でやりたかったのですが,まだ実現していません.ただ今度の新潟県川西町のプロジェクトでやってみようと思っています.

佐々木── どんなプロジェクトなのですか?

タレル── 人が泊まっていける家をつくるのです.

佐々木── 星を見たり,月を見たりする?

タレル── 屋根が開くようになっていて,以前につくってきた空の作品と近いものです.この近くでは見ることができませんから.ロサンゼルス,ニューヨーク,それとイスラエルにあるのです.そこでは,雲と光の様子が柔らかく美しいし,私自身が媒体にするのが楽しい光です.ポワティエ市では水を使いましたが,日本の風呂も使う予定です.

佐々木── 《ローデン・クレーター》[★4]では人はどのくらい滞在できるのですか?

タレル── 24時間です.次の日に予約が入っていなければずっといることもできます.冬には1週間くらい滞在できるのではないでしょうか.

佐々木── 少し眠ったり,食事をしたり?

タレル── ええ.人は作品の中に滞在するのです.アートの中に居住空間をつくります.新潟のプロジェクトでは家全体がインスタレーションである家をつくるつもりです.

佐々木── なぜ新潟なのですか?

タレル── なぜだろう? 川西町の人たちが招いてくれたから.アートの場合,しばしば招待によって作品を具現化しますからね.もっとたくさんのプロジェクトをしたいと思っているんです.作家の欲はきりがありませんね.

佐々木── タレルさんの作品はわれわれの知覚行為の持続を長く制御しているという感を深くするのですけれども.同じようなことを考えているアーティストは他にいましたか?

タレル── ビル・ヴィオラの作品はとても好きです.彼はヴィデオ作品をつくっていますが,とてもいい友だちでもあります.作品はとてもパワフルです.彼はイメージを用いますが,私はイメージも物体も用いません.

私たちはまったく違う方法で仕事をしていますが,お互い何をしてきたか,長いこと見てきました.私の好きな作品をつくっているアーティストはたくさんいますが,一回の展覧会や一つの作品でその作家が何をしようとしているか知るのは難しいことです.この雑誌に載っていたダニ・カラヴァン[★5]の作品の中にも素晴らしいものがいくつかあります.

ライト・ボックス,ライト・ガラス,スクリーンに映した光といったようなかたちで,私の他にも光を用いるアーティストはいます.しかし,私が知覚を考察するアーティストであることは確かです.なぜなら,この知覚というのは自分たちが気づいてない不思議な贈り物だからです.あなたが話してくれた何人かの人たちのように,知覚に障害をもたない限り,自分たちが何を手にしているのか気づかないのですから.私は崇高な歓喜,知覚することの味わい深い喜びに興味があるのです.

佐々木── 光は接触の対象ですか?

タレル── そうです,接触です.あなたは光に触れています.光が物質であることは知っているでしょう? 最近では,光は私たちがそれを見ていることを知っているという理解が科学的に示されています.光を意識とからみあわせることはある人にとってはショッキングかもしれませんが,私にとっては驚きではありません.

《ローデン・クレーター》のプロジェクトをともに進めている近くの天文台に勤める天文学者が電話で知らせてくれたのですが,彼らはこのことを知ってとても興奮していました.面白いことに彼らは宗教活動には懐疑的なのに,何らかのかたちで毎夜,神と向き合っているようです.多分,他の人たちよりも信仰をもっているのでしょう.もちろん通常の宗教に対してではありませんが.

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