ICC Report

ポスト・サンプリング音楽論

ポスト・サンプリング音楽論

1998年6月27日
ICCギャラリーD



デジタル・サンプリング・マシンの登場以降,ポピュラー・ミュージックの世界に限らず多くの音楽制作の場でサンプラーの浸透は目ざましい.しかしその登場によってあらゆる「音」,「音楽」はすべて等価な「素材」として並置されることになる.また,その出自の特性上もあるが,時代によって流行の音色や使用法が新しい音楽ジャンルとともに現われてきた.ヒップホップやハウス,テクノなど,それぞれ特徴的な「音」,「音楽」が現われたのは周知のとおりである.新しい楽器の出現が新しい音楽の出現につながるということは珍しいことではないし,最終的にその音楽が楽器自体の特性を純化することや,それに附随する社会的な状況を巻き込みながら進化するのは当然の帰結かもしれない.デスクトップ・ミュージックなど制作環境の変化やパーソナル・コンピュータの性能の向上,ネットワーク技術などはその要因となるだろう.そのなかでいま,従来で言うサンプリングの枠を超えた作品やコラボレーションが生まれつつある.つまりサンプリング,翻ってデジタルという特性をもつそれらは「ポスト・サンプリング・ミュージック」とも言うべきフェイズに突入しつつある,ということだ.

シンポジウムは音楽評論家の佐々木敦氏を中心に,フィールド・レコーディングされた素材を音楽プログラミング・ソフトMAXによってコントロールして作品を制作するクリストフ・シャルル氏,生楽器を演奏したもの(既成のものではない)をサンプリングし,それを再構成,リクリエイトする半野喜弘氏,ウェブ上にサウンド・ファイル交換所を設置し,音素材だけでなく,その制作プロセスまでをも援用しようと試みるGNUsic project(久保田晃弘,矢坂健司,瀬藤康嗣)の面々により進行された. サンプリングに対峙するそのしかたは,自身のイマジネーションの具現化への予定調和的ではないプロセスを踏むための手段とする半野氏や,CDでプログラム・データを公開して,作品を自身のCDのみで完結させず,他者との関係性をみるシャルル氏などそれぞれの関わり方が語られた.GNUsic projectによるサイトのインストラクションの後は,作者のオリジナリティの消滅の危惧についてや,その反面そこから顕在化する差異を可能性として受け取ること,などの意見が交わされた.すべてが「素材」でありうるヒエラルキーの崩壊した地平には質の問題や著作権という大きな難問が横たわっているわけで,話はそこに収斂していくことになったが,著作権におけるGNUsic projectの実験の結果がどのようなものになるのかはまったく未知数であるし,一方で,そのシステムの中でどこまで創造性を拡張し得るか,ということが今後問題にされると思う.

後半のミニコンサートでは実際にシャルル氏と半野氏とのあいだで自身の「音=素材」をあらかじめ交換し,それを再構成したものを二人で演奏した.半野氏のシークェンス・ソフトの不調やシャルル氏のMAX画面のプロジェクションができなかったなど当方の不手際が目立ったものになってしまったことが心残りではある.

今回「影の出席者」のように頻出した「OVAL=マーカス・ポップ」の名.正直に言うとこの企画の発端の一つは彼(ら)の新作《dok》であった.クリストフ・シャルル氏の作品をまさに「素材」として制作されたそれは標本化という意味でのサンプリングの側面をまったく排した,「ポスト・サンプリング・ミュージック」の一つだ.

企画協力:佐々木敦(HEADZ) GNUsic URL: http://www.gnusic.net
Reference disc: Christoph Charles 《undirected 86-96》Mille Plateaux 半野喜弘《詩人の肖像》Flavour Of Sound
Oval《dok》Mille Plateaux /Thrill Jo-ckey

[畠中実]

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