ICC Report

「移動する聖地」展 映像上映

1998年4月23日/5月1日/8日/15日/22日/29日/6月5日/12日/19日
ICCシアター



スクリーンという「知覚の窓」を通して,映像(とりわけ映画)というメディアが描いてきたテレプレゼンス的な想像力の一端に触れ,展覧会のテーマをより多元的に浮き上がらせる試みとして,18本(中,短編を含む)の映像作品がシアターで上映された.港千尋氏によって選出された作品は,年代的に大きく二つに分類される.1910,20年代の約20年間に制作されたものと,70年代後半から現在までの約20年間に制作されたものである.

1)ステラン・リュエ,パウル・ヴェゲナー《プラーグの大学生》(1913)
悪魔に自らの鏡像を売ったためにやがては自らの「分身」と対決せざるをえなくなる男を描いた作品.鏡を効果的に使用した室内や奥行きをなくすことで逆に不思議な空間を生み出した撮影と美術が特徴的であった.ここにいながら別の場所を見る,別の場所で遊ぶといったテーマも取り込まれた作品(4月23日5回上映).

2)ジガ・ヴェルトフ《これがロシアだ−カメラを持った男》(1929)
ニュース,ドキュメンタリー,そしてプロパガンダの新たなる位相を切り開いた作品.カメラマンがモスクワの一日の断片を撮影していく,そしてそこに現像,編集,上映といった映画制作の過程も組み込まれていく.モンタージュと特殊効果を駆使することで逆に現実の世界と映像メディアの本質を明らかにしようと試みる.35mmの非常に状態のよいプリントによる上映であった(5月1日5回上映).

3)ロバート・フラハティ《極北のナヌーク》(1922)
ドキュメンタリー映画史上の代表作の一つであり,同時にドキュメンタリー映画という概念を超えた作品.その当時カナダのエスキモーの生活を撮影するということは,現在火星の映像を撮影するのと同じような困難さであったが,それを乗り越え感動的なドキュメンタリー的ドラマとなった.音声版で上映(5月8日3回上映).

4)フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ムルナウ《吸血鬼ノスフェラトゥ》(1922)
史上初の本格的な吸血鬼映画にしてドイツ表現主義映画の名作.時空を超えて迫り来る吸血鬼という,この世に存在しない事象を,コマ落としや逆転撮影,顕微鏡画像といったイメージの技法を駆使して描いた作品.不安と恐怖が全面にはりつめた画面はまさに異界への窓である(5月15日2回上映).

5)クリス・マルケル《サン・ソレイユ》(1982)
日本語ナレーション版が上映された.カメラマンが手持ちカメラによる撮影の旅を行ないながら記憶について考える.訪れるのは“生の存続の二つの極地”であるアフリカと日本,そしてアイスランド.旅が進み,映画が進行するにつれ,地理的,時間的な距離が消失していき,やがて映像で記憶すること,そして忘却することの意味が立ち現われてくる(5月22日4回上映).

6)ストローブ=ユイレ《セザンヌ》 (1989)
表象としての映像の臨界点に位置する作品.画面外で作家自身が語る言葉は,ジョアシャン・ガスケの評伝から引用されたセザンヌとの空想的な対話.「エンペドクレスの哲学」,「映画《ボヴァリー夫人》からの引用」,そして現在にも残るセザンヌの絵画,サント=ヴィクトワール山,芸術村の建物等が厳格に繋がれ250年の時を超えた記憶の交換となる(5月29日2回上映).

7)ヴィクター・マサエスヴァ《イマジニング・インディアン》(1992)
映画史が作り出してきた「インディアン」のイメージという矛盾をネイティヴ・アメリカンの作者が内側から切り崩そうとする.その試みが,「他者の文化」を描くことの限界や撮影されることによって失われる「聖性」をどのように乗り越えるかといった「映像論」へとなっている(6月5日3回上映).

8)ビル・ヴィオラ《砂漠》(1994),《祖先の力の記憶(ソロモン諸島のモロの運動)》(1977)/チャールズ&レイ・イームズ《パワーズ・オブ・テン》(1978)
《砂漠》は,砂漠の中で水に沈んでいく記憶をいかにもちえるか? あるいは部屋の中で外部に広がる世界といかにふれあうことができるか? といった他所を内部に現前化させる想像力をテーマとした作品.《祖先の力の記憶(ソロモン諸島のモロの運動)》は,ソロモン諸島の人々が伝統や記憶をいかに保持し継承させるかといった営みをドキュメントしながら,同時に撮影対象との共同作業により映像そのものを記憶システムとして機能させようとする試み.《パワーズ・オブ・テン》は,極小から極大へ,スケールをシームレスに移行していく,視覚的な次元旅行とも言える短編科学映画の傑作(6月12日5回上映).

9)「伊藤高志作品集」(1981−95)では,《SPACY》《BOX》《THUNDER》 《DRILL》《GHOST》《GRIM》《THE MOON》《ZONE》の8本が上映された.また当日は作者である伊藤高志氏をICCに招いて,選出者である港千尋氏との特別トークが急遽開催された.
映画制作の動機や,コマ撮りやバルブ撮影等の技法あるいは技術的な苦労などが具体的に語られ,「自分自身の抑圧の爆発が《SPACY》の速度となっている」といった作者ならではの発言が数多く聞けたセッションとなった.「日常の風景をゆがめていく=感覚」から徐々に「見えない自分の意識を探っていく=記憶」へと移行していった作風の変化へと話が発展し,港氏の作品 《記憶の庭》の重要な側面をも浮き上がらせることになった(6月19日5回上映).

[若林弥生]

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