特集: 音楽/ノイズ--21世紀のオルタナティブ
オペラ/インターネット/ノイズ

共生
生物の進化と宇宙の奇跡

坂本――で,1999年にやるオペラということで,ちょっと大上段なんですが,20世紀の総括という視点と,20世紀音楽の総括という視点でやるつもりなんです.僕なりの総括をすると,20世紀は殺戮と戦争の世紀であったと思っているんですね.だから,「殺戮の20世紀から共生の21世紀へ」という,浅田さんによる非常にコマーシャルな,キャッチーなコピーもあるんですけど(笑).

 「共生」という言葉は新聞でも毎日のように出てきますが,果たしてどのくらいの人が共生とは何かということをわかっているかは疑問です.僕自身わからないし,それもオペラの研究課題で,いまいろいろ勉強しているところです.もともとは僕も素人発想でなんとなく「共生」だなと思ったんだけれど,勉強していくと,ものすごく深いことなんですよね.生物の進化に関わることで,プラス,宇宙とも関わっている.太陽とか惑星ができて,だいたい45億年ぐらい前に地球ができた.それから5億年後くらいに陸と海ができて大気が生まれて,最初の生物と言えるものができて,さらに40億年ぐらいかかって人間ができた.じつは進化自体が共生の歴史なんですよね.つまりいまから40億年ぐらい前に生命体ができたということ自体,生命も物質だから,これも物質のトランスフォーメーションであり,進化とも言えるわけなんですね.だからわれわれは物質ですよ,非常に高度に組織化された.で,なんでそれが起きたのかがわからない.起こっちゃって,どういう働きでここまできたかということはかなり解明されてきましたが,最初の鉱物みたいな物質からタンパク質を作り出すDNAとかRNAという自己組織化する物質にジャンプするときの原因がまだわからない.わからないけど,そういう特殊な物質ができたということは,そこにものすごく膨大な物語がありまして,そういう物質の進化,共生みたいなものが下敷きになっていて,プラス,僕も含めてわれわれが生きている20世紀から21世紀へという,時間的には非常にローカルなことを扱ったオペラなんです.

 地球という一つの惑星上で,そういう非常に特殊な生命体という物質のシステムが出てきたというのは非常に奇跡的だし,それから40億年もいろんなことが起こって,巨大な隕石がぶつかったり,大気が激変したりとかいうことが起こり,途絶えることなくきているということが非常に奇跡的なんだけれども,僕たちはあまりにもそれが日常なので気付いてないんですよね.実際,現在までに地球上で発生した生物の99パーセントは絶滅してきた,という説もあります.その厳しさに適応したごくわずかな種だけが残ってきた.その果てにわれわれ人間がいるのです.

具体的なストーリー(かどうかはわかりませんけれど)はまだまだこれから先なんですね.

坂本――そうですね.一つのアイディアとして,ある人物に照明を当てて20世紀というものを総括するというのがあります.いま考えているのは,オッペンハイマーという人です.例の原爆のマンハッタン計画のリーダーです.彼が所長をしていたロスアラモスというニューメキシコにある研究所,いまで言えばサンタフェ・インスティテュートみたいなところですね.そこでさまざまな今世紀の先進的な研究が行なわれた.その辺を描けば,20世紀の知のある主要な部分は描けるわけです.しかし,これはまだ一つのアイディアですが…….もう一つのアイディアは,《f》のときの「Untitled 01」という曲の4楽章で,何人かの人に「救済とは何か」ということをインタヴューした音と映像を,あるいは他の素材,テープとかテクストとかのマテリアルを音楽に組み込んで使ったんです.それが手法的にはかなり気に入っていまして,今回も使おうと思ってます.

いろいろな方にインタヴューされているということですが,それはオペラ作曲の一環としてなんですか.

坂本――そうです.それは言語的にはある意味をもったメッセージなんだけど,音楽として使う.意味的に捉える人はそれはそれで面白いし,音楽にもなっているという,中間的な,一種メディア・アート的なものですよね.というわけで,共生というテーマ,20世紀から21世紀へという部分,インタヴューを使うという手法,それからテクノロジーの部分,まあインターネットですね,さっき言った遅延という部分,それをどう利用するか,その遅延をどう制御するか――というように,いろんなレイヤーがあるんですよ.

その遅延の技術については,だいたいさきほどお話しいただいたことくらいでしょうか? もう少し話していただけるのであれば…….

坂本――いや,あんまりそれを言っちゃうとタネ明かしになっちゃう(笑).それと,これから技術も考えていくんですよ.1年ちょっとしかないんですけども.3点使うと円ができますから,地球上の3都市を結んで,何か地球を感じられるような使い方を…….何をやるか,どう取り込んでくるかということなんだけれど,せっかくですからそれを利用するときに地球を感じられるような,何か遠隔地と時間を共有している,ちょっとズレていて,遅延があるけれども(笑),同じ環境を共有しているという意識の目覚めというようなことを,そこで表わせたらいいなと思っています.

3か所というのはニューヨークと東京と,あともう1か所はどちらで?

坂本――現在,回線の状態によって,どこにしようか考えています.なんか国レヴェルのおおげさなことになりそうです(笑).

そう言えば,今度ICCでインスタレーションをされるそうですね.

坂本――いま企画中ですが,それもやはり,ある情報が地球のどこからか東京にあるICCに飛んできて,ICCに置いてあるピアノが鳴るという,地球を感じるようなインスタレーションにしたいと思ってるんです.インターネットが発達したことによって,地球意識みたいなものが少し変わったのかな.空間の距たりというのが一挙に縮まりましたよね.なくなったに近い.

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