特集: 音楽/ノイズ--21世紀のオルタナティブ
テクノイズ・マテリアリズム:メタ・エレクトロニクス・ミュージック

オヴァル ドイツ

 オヴァルことマーカス・ポップについては,本誌にも以前,短いテキストを書かせていただいたので,ベーシックな紹介はそちらを参照していただきたい(本誌23号pp.104−105).現在のエレクトロニクス/エレクトロアコースティック/テクノ・ミュージックの世界において,オヴァルという存在がきわめて貴重なものであることがおわかりいただけるだろう.

 ここではその時点では触れられなかったクリストフ・シャルルとのコラボレーション作品『ドク』について述べておきたい.日本在住であり,音楽,映像,メディア・アートなどについて研究を行なっているアーティスト,クリストフ・シャルルは,オヴァルと同じドイツの電子音響レーベル,ミル・プラトーよりソロ・アルバム『undirected』を発表している.このCDはCDエキストラになっており,膨大な映像やテキストのデータに加えて,サンプル自由のサウンド・ファイルが収録されていた.アルバム『ドク』における二人の共同作業は,『undirected』の音源を含むサンプル・ソースをシャルルがポップに渡し,ポップがそれらを加工して楽曲を作り上げるというものである.ここ数年,オヴァルは,トータスからピチカート・ファイヴまでに至る,かなりの数のリミックス・ワークをこなしているが,『ドク』はその次の段階にある作品と言えるだろう.彼は素材を選ぶ権利を完全に放棄し,しかし歴然としたオヴァルのサウンドを提出してみせた.なるほど《ドク》から聴こえてくるのは,CDスキップのような不思議なサンプル・ループがモアレのごとく重なりあった,あのオヴァルの音楽なのである.

 このようなプロセスによって明らかにされつつあるのは,もはやマーカス・ポップにとっては,オヴァルとは彼自身の音楽的(あるいはそれ以外の?)才能を表出するためのものではなく,一種の方法論,プログラム,システムの名称になりつつあるのだということである.彼は現在,オヴァル・プロセスというソフトウェアの開発を進めており,それが完成すれば,誰もがごく簡便に,任意のサンプルを基にオヴァルのサウンドを生み出すことが可能になるのだという.オヴァル的な,ではない.オヴァルの,である.ポップは文字どおりオヴァルなるものそれ自体を,他者へと向けて解放しようというのである.


ノト(カーステン・ニコライ) ドイツ

 ノトことカーステン・ニコライは,自ら主宰するレーベル,ノートン(NOTON)を中心に,近年めざましい活動を行なっているドイツ人アーティストである.彼は美術家のオラフ・ニコライの実弟であり,彼自身もドクメンタなどにおいてヴィジュアル・アートやインスタレーションを発表している.ノートンは彼が実験テクノ・レーベル,ラスター・ミュージックのサブ・レーベルとして設立したものであり,ゴーム=ロエル・メールコップ&フランス・デ・ワードの『STUD STIM』と,M・ベーレンスの『FINAL BALLET』は,ここからリリースされている.

 ニコライが97年のドクメンタで行なった二つのプロジェクトについて紹介しておこう.まず《SPIN》は,それぞれ45秒で一回りする72のサウンド・ループを,100日間に渡ってカッセルの公共的な空間のあちこち――空港,駅,ラジオ,ショップなど――で流しつづけるというものである.音素材としては電話やファックス,信号音といった,あえて日常性に埋没してしまうようなものが選ばれており,カッセルの人々は,自分でも意識しない内にノトのサウンドを耳にしていることになる.もう一つの《SIGN》は《SPIN》のヴィジュアル版とも言うべきもので,ニコライのデザインによるロゴマークが,市内の思いも寄らぬ場所に続々と出現するというものである.

 彼はまた,かなりの数のドローイング,スカルプチャー,インスタレーションなどを発表している.最近,ニュールンベルクの美術館より出版されたカタログ『POLYFOTO』には,さまざまなフォーマットによるニコライの作品群が掲載されている.同書を一覧すると,ニコライの手法がかなり多岐に渡っていることがわかる.一貫しているのは,ドット,丸,球体といった形体への奇妙なほどのこだわりである.《SIGN》のロゴも円形であり,思えばレコードやCDも確かに丸い.サウンド・クリエイターとしてのノトの代表作と言える『∞』は,エレクトロニクス・サウンドのループを10インチ盤2枚組の両面に刻んだものであるが,ループもまた一種の円なのである.

 ノトのサウンドは,いわば電子音による抽象表現主義絵画,パルス・トーンで構成されたミニマル・アートである.CD『SPIN』(ドクメンタで使用された音源と同じものかは不明)と『∞』を併せると,1分足らずから数分までの長さをもった作品が実に96曲も収録されていることになる.それらはいずれもきわめてシンプルでありながら,予定調和的ではない斬新な響きを有している.その多くがあたかも接触不良を起こしているかのようなサウンドなのだが,メゴの場合とは違い,デジタルな感触は(たとえそうであったとしても)抑えられている.むしろ,より物質的な,モノ的な印象の,まるで手で触れることができそうな電子音響なのである.

 最近,カーステン・ニコライは,ドクメンタのプロジェクトと同題の『SIGN』というミニ・ブックを制作している.これは《SIGN》のロゴマークがどのようにして作られたかを,いわゆる「パラパラコミック」のスタイルで示したものである.黒い円の上に,白インクを垂らしていくと,極小のドットがいくつかランダムに現われ,やがて奇妙なマークが形作られる.ページをパラパラとめくることで,その一連の動きを再現することができるのだが,そのさまはどこかノトのサウンドを彷彿とさせるのである.SIGNとはニコライにとっておそらく,SINEでもあるのだ.
http://www.rastermusic.com

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