特集: 音楽/ノイズ--21世紀のオルタナティブ
テクノイズ・マテリアリズム:メタ・エレクトロニクス・ミュージック

ロエル・メールコップ オランダ

 ロエル・メールコップは80年代を代表するオランダの実験音楽グループ,THU20のメンバーであった.THU20は彼とジャック・ヴァン・ビュッセル,ギド・ドエスボルグ,イオス・スモールダース,ピーター・ドゥイメリンクス(現在,オランダのV2のディレクターでもある)の5名によるエレクトロアコースティック・アンサンブルで,膨大なカセット・テープ作品と2枚のCDを残して94年に活動を停止した.その後,元メンバーたちはそれぞれソロ活動を継続している.メールコップはTHU20の活動停止後,2年近くをかけて録音したソロ作品を,ドイツのサウンド・アーティスト,バーナード・ギュンターのレーベル,トレント・ウゾー(TRENTE OISEAUX)より,アルバム『9(HOLES IN THE HEAD)』として発表し,高い評価を受けた.その後もオランダのスタールプラートやコルグ・プラスティックスといった複数のレーベルより,10インチ,7インチ,ミニCDなどのさまざまなフォーマット(いずれもタイトルは数字で,カッコ綴じで副題が付けられている.『2(BLAUW PLAATJE)』『3(STÜKE IM ALTEN STIL)』など)で,精力的なリリースを展開している.

 メールコップのサウンドは,コルグ社のアナログ・シンセの名機であるMS20(今からほぼ20年前に発表されたモデルである)をメイン楽器として使用した,どこかシュルレアリスティックな雰囲気を湛えた,精妙きわまりないエレクトロアコースティック・ミュージックである.厳密に選び抜かれ,入念に磨き上げられた電子音が,限定された時間のフレームと立体的な聴取空間の中に絶妙に配置されており,沈黙=無音=間の要素が,ある意味では音以上に重要な役割を担っている.そこでは音を聴くだけではなく,沈黙を聴く,より正確には,沈黙と音とのはざまを聴き取るという高度にエッセンシャルな行為が求められている.まぎれもない美しさをもったメールコップの作品は,音響的には,ピエール・シェフェールとピエール・アンリに始まり,ミュジック・コンクレートと純粋なエレクトロニクス・サウンドが複雑に混合されつつ発展してきたフランスの電子音楽の流れに多くを負っているものと推測される(例えば彼のいくつかの楽曲はフランソワ・ベイユの作品と近似している)が,方法論としてはあくまでも実験主義であり,結果が容易には予想できないような決定不能的なプロセスで,ある段階までは音作りを進めているようである.

 メールコップは昨年(97年),やはりオランダのヴェテラン・エクスペリメンタル/ノイズ・ユニット,カポテ・ムジークを主宰するフランス・デ・ワードと,ミニマル・テクノ・ユニット,ゴーム(GOEM)を結成し,CD『STUD STIM』を発表した.ゴームのサウンドはソロでの作風とはかなり異なっており,彼ら自身が標榜している通り,テクノというスタイルを借りた,リズミカルな楽曲が多くを占めている.とはいえそれはむろん,一般的な“テクノ”のイメージとはほど遠いものであり,パンソニックやピタと同じく,パルス=テクノと呼ぶべきだろう.しかし,その後に発表されたシングルでは,よりダンサブルなサウンドが志向されており,今後の展開が注目される.

 メールコップはこの春に,オランダ,ロッテルダムで「ジャスト・アバウト・ナウ 」という展覧会をキュレートした.参加アーティストはフランス・デ・ワード,カーステン・ニコライ,池田亮司,ピーター・ドゥイメリンクス,フランシスコ・ロペス,ロエル・メールコップの6名.建物の3フロアを各2名ずつが使用し,それぞれサウンド・インスタレーションを展示するというものだったらしい.現在,そのドキュメント・アルバムがV2アルシーフよりCDとしてリリースされているが,参加者の一人である池田亮司によれば,各々のインスタレーションも素晴らしいものだったようだ.


M・ベーレンス ドイツ

 ロエル・メールコップの『9(HOLES IN THE HEAD)』と同じく,トレント・ウゾーからリリースされたアルバム『ADVANCED ENVIRONMENTAL CONTROL』によって注目されることになったのが,ドイツのM・ベーレンスである.彼はかつて複数の別名義でテクノやインダストリアル・ノイズを発表していたが,トレント・ウゾーの主宰者でもあるバーナード・ギュンターとの出会いによって,まったく新しい次元へと向かうことになった.ギュンターは,ドイツの由緒ある実験音楽レーベルSELEKTIONからアルバム『UN PEU DE NEIGE SALIE』でデビューして以来,その妥協のない美学的な態度と,鋭利な方法意識とによって,あっという間にニュー・スクールを形成してしまったと言っても過言ではない,現在最も重要な音響作家の一人である(ギュンターの音楽の詳細な紹介と分析は,また別の機会に行なうつもりでいる).

 『ADVANCED ENVIRONMENTAL CONTROL』には,タイトル作品と《LOCATION RECORDING》の2曲が収録されている.どちらもコンテキストの異なる複数のフィールド・レコーディングを,デジタル・エディティングによって緻密に編集していくことによって,いわばオーディブルなヴァーチュアル・リアリティを構築しようというものである.《LOCATION RECORDING》では,冒頭に2グループの音素材(それぞれ屋内/屋内に振り分けられている)が生のままで提示され,次いでそれらを並列的にエディットした音像が続く.《ADVANCED ENVIRONMENTAL CONTROL》はハードディスク・レコーダーを駆使した,より複雑で精緻な作品になっており,注意深く聴いてみても,一体どこがどのように編集されているのか,まったくわからない.テクニカルかつトリッキーなアプローチでありながら,現象学的な考察も可能な,きわめて示唆的な作品だと言える.ベーレンスは,英国のアッシュ・インターナショナルの秀逸なコンピレーション『A FAULT IN THE NOTHING』に提供した楽曲《INTERMATTER》でも,フィールド・レコーディングを使用している.

 ベーレンスの音楽はしかし,フィールド・レコーディングを素材とするものだけではない.アルバム『FINAL BALLET』は,全曲,エレクトロニクス・サウンドのみで構成された,パルス=テクノ・タイプの作品である.
http://www.deutschland.de/aka/m_behrens


ジョン・ヒューダック アメリカ合衆国

 現在40歳だというジョン・ヒューダックは,80年代から始まる長いキャリアをもった音響作家である.彼はフィールド・レコーディング(その多くが“自然”に関わっている―虫,蛙,鳥といった動物や,植物,雪,風などなど―)と,ごくシンプルな電子音を用いた,コンセプチュアルでありながら,どこか超然とした美しさを湛えた作品群によって,ノイズ・インダストリアル/アヴァンギャルド・シーンのなかでも孤高の地位を築いてきた.彼はまた俳句を嗜み,同好の士を募ってホームページを主催し,日本の専門誌に投稿したりもしている.かつての膨大な数にのぼるカセット・リリースにおいては,フィールド・レコーディングをそのまま使用しているものもあったが,近年はコンピュータによる音楽制作へとシフトし,カスタマイズされたマイクで録った現実音を繊細に加工した楽曲を発表している.過去にはフランス・デ・ワードやバーナード・ギュンター(『A FAULT IN THE NOTHING』に収録)とのコラボレーション作品も発表しており,同じニューヨーク在住の小杉武久とも親交がある(彼は小杉氏に対するインタヴュアーを務めたこともある).

 代表作の一つである『NATURA』においては,小さなハエの音と,雪の上に氷の塊が落ちる音が素材になっている.自然界のミクロな音響を捕獲し,拡大し,微細なトリートメントを施して仕上げられたサウンドは,われわれの日常的な聴覚体験を優しく揺さぶるような新鮮さをもっている.自然音の収集と,その加工によって音響作品を作り出すアーティストは,アメリカのスモール・クルエル・パーティや,フランスのトイ・ビザーレなど,近年,何人か現われてきているが,ヒューダックはそのパイオニア的存在と言っていいだろう.今年に入って,彼は筆者が主宰するレーベルmemeより,初めてのソロCD『pond』を発表した.この作品は,池の底に潜む虫の音を扱ったものである.まもなく,ブルックリン橋の振動音をサウンド・ソースとしたセカンドCDが,アメリカのソレイユムーン・レコーディングより発表される予定である.
haiku website: http://pobox.com/~chaba
manray project: http://www.slack.net/~jhbk
audio/visual artifacts:http://www.turbulence.org/Works/Hudak/intro.html

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