Feature: music/noise

テクノイズ・マテリアリズム:
メタ・エレクトロニクス・ミュージック
Technoise Materialism: meta-electronics music

佐々木敦
SASAKI Atsushi

はじめに

 「ノイズ・ギャラリー」に名前を連ねた人々は,今日のエクスペリメンタル・ミュージックにおいて,キーパーソンと言える重要な存在ばかりである.彼らはいずれも音楽もしくは音響を主として扱うアーティストであり,それぞれの作品はCDやレコードというかたちで国際的に流通している.サウンド・クリエイターに雑誌のページを提供し,アートワークによって自らの「音」を表現してもらう,という無謀とも思える(だが,それゆえにきわめて興味深い)試みは編集部の発案によるものだが,アーティストの人選は筆者が担当させていただいた.選出に際して,当初は何らかの一貫したテーマを掲げることも考えたが,現在のシーンのアクチュアルな状況をより鮮明に伝えるには,少なくとも複数の傾向を示す必要があるであろうという判断と,より実際的なレヴェルのいくつかの条件によって,最終的なラインナップは,ある程度,便宜的なものになっていることをお断りしておきたい.もちろん全員,きわめて興味深いアーティストであることは言うまでもないが,必ずしもこの7組でなければならなかったわけではない.ジム・オルーク(アメリカ),バーナード・ギュンター(ドイツ),フランシスコ・ロペス(スペイン),パンソニック(フィンランド),C・M・フォン・ハウスウォルフ(スウェーデン)などといったアーティストも検討,もしくは実際に依頼したが,諸般の事情で参加には至らなかったことを付記しておく.


メゴ オーストリア

 メゴは,オーストリア,ウィーンに本拠を置く“テクノ”・レーベルである.1994年に活動をスタートさせた,まだ比較的,歴史の浅いレーベルでありながら,いわゆるテクノ・ミュージックとそのムーヴメントが,商業的要請と形式的な洗練=膠着によって急速に保守化していくなかで,徹底してクリティカルなスタンスと柔軟な姿勢とによって,きわめてユニークなポジションを築き上げつつある.ウィーンにはほかにもチープ,サボタージュなど,個性的なクラブ・ミュージックのレーベルがいくつか存在しているが,そのなかでもメゴの特異性は際立ったものと言えるだろう.こと音楽の分野に限らず,アウトサイダー的なアート・フォームへの親近性を色濃く有した土地柄のウィーンらしく,メゴもその初期から,ポピュラリティには微塵も目をくれることなく,ダンス・ミュージックの突然変異体とも言うべき奇怪なサウンドばかりを続々と送り出してきた.現在では“テクノ”の範疇をはるかに逸脱し,まったく新しいタイプの電子音響の探求へと照準を合わせている.

 レーベルの中心人物は,英国生まれのピタことピーター・レーバーグである.1996年にリリースされた彼のアルバム『SEVEN TONS FOR FREE』は,メゴのその後の方向性を決定づけることになった衝撃的な作品である.装飾的な要素を一切排した,高周波の電子音による恐ろしく単調な反復,あたかも回路が接触不良を起こしたかのようなデジタル・ノイズが,ただ延々と繰り返されていく .それはいわゆる「ミニマル・テクノ」とはまったく違う.すべてがパルスの配列にまで還元され,奇怪なまでの歪形化を施された,いわば“テクノ”の廃虚=残骸とも言うべきものである.95年から96年にかけて相前後して発表された,パナソニック(現在・パンソニック)の『VAKIO』,池田亮司の『+/-』と並ぶ,パルス=テクノのマニフェストとも言うべき重要な作品と言っていいだろう.ピタはやはりメゴの所属ユニットであるジェネラル・マジックのメンバー,レーモン・バウアーとレーバーグ&バウアー名義で,イギリスのタッチやオランダのコルグ・プラスティックスといった他レーベルからも作品を発表しているが,そちらではよりフリー・フォームのエレクトロニクス・サウンドを模索している.

 メゴからはほかに,ファーマーズ・マニュアル,フェネス,ヘッカー等といったアーティストが,いずれも興味深い作品を発表しているが,彼らはほぼ同質の問題意識を共有しているように思える.ここではそれを“エクストリミズム”と呼んでおこう.メゴの電子音響作品は,高周波,低周波ともに可聴範囲ぎりぎり(あるいはそれを超える範囲)までカヴァーしているだけでなく,音量的にも微小から爆音まで異常なまでに幅広い.リスナーの聴覚を拡張させ,ときには多大なダメージを強いることもある,その極端さへの志向は,既存の電子音楽プロパーよりも,いわゆるノイズ・ミュージックとの親近性を強くもっている.実際,ピタを初めとするメゴのアーティストはMERZBOW(秋田昌美)からの影響を明言しており,英国ブラストファーストよりリリースされたMERZBOWのリミックス・プロジェクトには,パナソニック,バーナード・ギュンター等とともにレーバーグ&バウアーが参加している.

 メゴのアーティストたちはここ数年,世界各地のフェスティヴァルやイヴェント(アルス・エレクトロニカ ,インターフェランス,ソナール等)に次々と出演し,きわめてエネルギッシュなライヴ・パフォーマンスを展開している.演奏にはマッキントッシュのパワーブックのみを使用しているそうだが,何とマーシャルのギター・アンプ(!)を通して電子音を出しているというから,その“エクストリミズム”は推して知るべしというものだろう.
http://www.mego.at/

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