特集:テレプレゼンス――時間と空間を超えるテクノロジー/廣瀬通孝+港千尋

情報入力技術の画期的進展がもたらすもの 

――VRにとって重要な技術は,一つは人間の感覚をどうシミュレートしていくのかという技術で,もう一つは体の動きをとらえるセンサーの技術ですね.

廣瀬――体の動きをコンピュータに直接伝えるということは,ある意味で画期的なことです.それまでは,人間とコンピュータがやりとりをするときは,記号的にやるしかありませんでした.例えばコマンドを打ち込むという約束ごとが必要だったわけです.

――キーボードがそうですよね.言語を介した情報のやりとりです.

廣瀬――マウスというインターフェイスが開発されたあたりから,空間的動作を通じてコンピュータとやりとりをするという発想が出てきました.そしてデータ・グローヴの登場は本当に画期的なことだったと思います.約束ごとのほとんどないインターフェイスがつくれるようになったということですから.

――コンピュータだけではなく,もしかすると,「学習」や「ものを操作する」ということにとっても大きなステップだったような気がします.

廣瀬――われわれの文化もある程度変わると思うんです.われわれの文化や知識は,すべて記号を前提としたものによって記録・交換されてきたわけです.ところが,データ・グローヴによって入ってくる情報というのは一切,記号を必要としない情報でしょう.三次元空間位置センサーから入ってくる何の意味づけもない情報が,何らの解釈も加えることなしにコンピュータの中に取り込めるようになったのです.

――僕が触覚論(『考える皮膚』青土社,1993)を書いたときは,まだ,データ・グローヴをはめてHMDを付けて簡単な仮想空間の中をウォーク・スルーできるような程度だったのですが,そのときに思ったのは,触覚を情報交換の入口にできたということは,非常に画期的だということです.
いま言われたように,キーボードでは,赤ん坊はコンピュータを操作できません.おそらく7−8歳以上でなければならないでしょう.しかし,データ・グローヴだったら3歳でも入力できるわけですよね.この違いというのは文化的な違いをもたらすもので,人間の文化が正しく記号化されてきた歴史の次にくるような,一つの革命だと思うんです.

廣瀬――考えてみると,いままで言葉で表現しえなかったものは,われわれの文化の中に存在してはいけなかったんです.日本舞踊なんかは文化じゃなかった(笑).でも,最近のモーション・キャプチャーでしたら,全部入力できるのです.そういう新しい方法論が使えるようになると,そこからまた新しい文化が生まれてくることもあるだろうと思います.

――そうですね.センサーというと一つの特定の技術としてとらえられがちですが,もっと広くて深い意味をもっているものなんですね.


技術が追求する身体性の根源

廣瀬――体の動きということは,結局,「身体性」ということにつながるわけです.視覚というのは何か精神体だけが単独にあるような感じですが,触覚は身体性とかなりつながりが深い感覚です.
アクティヴに手を伸ばさないと触れることができませんね.ですからそういう意味で触覚には身体が必要になるんです.傷のある指で何かに触ると痛いでしょう.あれは自分自身を測っているんですね.ですから触覚には外界と自己の内部の区別すらないんですね.脳の内部情報が身体を通して外界に,それから感覚器を通して脳に戻ってくる.つながっているんです.これは新しい感覚論であり知能論です.
じつはこれは触覚だけの話ではなくて,本来,すべての感覚に通じる話なんです.視覚だってそうなんです.頭を動かしてみるとどんどん網膜像が変わっていくんです.

――内部と外部を原理的に分ける考え方は,ルネサンス以来の視覚文化の中から便宜的にできてきたものですが,僕らは日常,それがあたかも前提であるかのように考えています.ところが,VRなどの最新技術によって,その前提が体験的に崩壊していくわけです.

廣瀬――おっしゃる通りです.最近注目されているアフォーダンス理論なんかはまさにこの新しい考え方なんですね.この理論がご専門の佐々木正人先生も触覚に興味をもたれています.じつはさっきの傷の話も佐々木先生から聞いた話なんです.

ところで,こういうことを言った人がいるんです.「コンピュータ技術は最初,視覚から始まり,それから音が入り,触覚が入ってくる.これは,生き物の進化とまったく逆行している」と.だから,先祖返りというか,太古に何があったかを事実によってシミュレートするような,一種のタイム・マシーン的なところがありますね.

――それは現象としておもしろいですね.

廣瀬――進化という言葉を使うと,一直線上を進むか戻るかだけという感じがしますが,そうではなくて,コンピュータとのインターフェイスという観点で考えれば,おそらく次元数が増えていると思うんです.いままで平面内で運動していたものが,三次元的になっていくなどですね.

――そういう意味では,15−16世紀以来のリアルな時空のとらえ方がすべて変わってくるという予感はあるんですが…….

廣瀬――リアルということには直接つながらないかもしれませんが,GPS(全地球測位システム)はすごい技術です.腕時計を持つことによって,われわれは自分が時間軸上のどこにいるかがわかるわけですが,GPSはそれと同じくらいのインパクトがあるはずです.空間内のどこにいるかわかるということですから.このような位置情報のセンシングは,もともとVRがもっている要素として重要なものなのです.

――CABINのセンサーが水晶玉みたいだと言いましたが,水晶玉の中に世界が現われて眺めるという空想は,昔からあったと思うんですね.イスラム神秘主義にも全世界が一つの水滴に凝縮されて,例えばフロントガラスの水玉を拡大すると世界が映っているんだというような考え方がありますね…….でもCABINの中には何も入っていない.どうなっているのですか(笑).位置情報を検出してデータ処理するスピードは,相当速いわけですよね.

廣瀬――速いですね.頭の位置の計測用に,FASTRAKのロングレンジ・ヴァージョンを使っています.本来はモーション・キャプチャー用のものですから,ぜいたくと言えばぜいたくなんですが.水晶玉とおっしゃったセンサーは,CABINの中には置けませんから外に置いてあります.だからロングレンジ・ヴァージョンが必要なんです.
このセンサーがどのくらい速いか,バリ島の舞踊をモーション・キャプチャーしてみようとしたことがあるんですが,その時はダメでした.あの舞踊の動きはすごいんですね.

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