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特集・サイバーアジア

ラシード・アライーン
拡張するプロセスによって増幅されるグリッド状の構造体


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《関係者各位殿》(1996)
サーペンタイン・ギャラリーの
芝生ギャラリーで行なわれた
「インサイド・アウト」シリーズ第1回展
Photo=Justin Westover
Courtesy Serpentine Gallery


 1935年にパキスタン,カラチで生まれたラシード・アライーンは,独学で美術を学び,1962年にロンドンにきて以来,イギリスで作家活動を行なっている.カラチの大学で土木工学を学んだアライーンは,エンジニアとして石油会社の仕事に就くが,4−5年で見切りをつけ,作家活動に専念する.しかし,当時のイギリス社会は,元植民地出身で有色人種である作家に大変厳しく,作家として活動していくためには多くの障害があったことは明らかである.この苦境が作家を,第三世界出身の運動家として活動させる動機をつくったといえる.

 作家が言及するように,アンソニー・カロ以前からミニマルな抽象彫刻作品をつくっていたにもかかわらず,正当な評価を与えられずにきていること.イギリスで30年以上の作家活動を行なっているが,これまでに公的機関のコレクションに入っていないこと.例外として,アーツ・コレクションに黒人作家グループのカテゴリーで収集されていること.こうした屈辱的状況を克服すべく作家は,雑誌『第三文学』を発行したり,「アザー・ストーリー」といった展覧会を企画してきたといえるだろう.

 だが,こうした活動が結果として,作家をブラック・アーティストやパキスタン作家としてのみ括るように至らせたのである.皮肉なことに人種優先をすることで,さらに別な差別が生まれているのが事実である.こうしたなかで,近年ようやく,そうした枠から解かれるようになってきた.'94年のサウス・ロンドン・ギャラリーや今回のサーペンタイン・ギャラリーでは,運動家としての側面ではなく,純粋に抽象彫刻家として作品を発表している.

 現在,サーペンタイン・ギャラリーは増改築のために休館中で,その工事期間に野外敷地を利用して,「インサイド・アウト」というシリーズで特別展を行なっている.この展覧会にアライーンは,第1回目の作家として選ばれた.今回の作品は,現地制作によるもので,展覧会の期間中に制作を継続していくプロセス・ワークを行なっている.

 時間とともに増殖を続けるこの作品は,建築資材に利用される鉄パイプを大量に使って,均等に構成されたグリッド状の構造体が増幅しながら拡張していくもの.ギャラリーの実際の増築工事の模様と共鳴して,不思議な環境を構築している.その様子を遠目から見て,アート作品の制作中であることを気づかずにいる人も多いだろう.《関係者各位殿》と付けられたタイトルは,その公共性と匿名性を顕示したもので,工事現場という状況の不特定さを示したものである.

 この作品のスタイルは,60年代における作家の初期作品に顕著に現われた抽象的形態による彫刻作品と類似できる.それは,ミニマルで均質性を伴った構造体を,幾何学的に拡張させていくものである.また,ここにみられる建築的な造形やそのマテリアルに,作家が以前にエンジニアとして活動していたことの影響がうかがえる.

 拡張していくプロセスとは,コンストラクションの生態的活動にほかならない.だからこそ,この作品がプロセス・ワークである必要性があり,工事中のギャラリーの環境に呼応したサイト・スペシフィックな仕事になっている.

(かとう えみこ・美術批評)

image 写真提供=黒田雷児


■ラシード・アライーン
1935年パキスタンのカラチ生まれ.1949年から独学でアーティストとして活動をはじめる.平面や立体の制作,雑誌の出版など,広範囲に美術とかかわる.1987年から世界中のマイノリティの美術に主眼をおいた季刊誌『第三文学(Third Text)』を発行しはじめる.



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