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特集ハイパーライブラリー
ハイパーライブラリー・キーワード



ハイパーテキスト

 ホームページやWWWブラウザという言葉は,インターネットの話題とともに登場するようになった.ホームページには企業広告・求人から個人情報に到るまでさまざまなものが掲載され,昨今ではホームページ文化を形成する勢いになっている.ついこの前まで,名刺に電子メール(e-mail)アドレスを入れておくのが常識とされたが,最近ではそれだけで済まなくてホームページ・アドレスを入れておくのがより先進的といわれる.例えば,「http://syajyo.tamacc.chuo-u.ac.jp」と書いておく.この先頭のhttp(HyperText Transfer Protocol)は,目的のホームページが収録されているWWWにアクセスするために使うプロトコルのことである.

 ホームページの魅力は文字だけでなく,図表,音声そして動画も扱えるというマルチメディア編集ができることだろう.しかも,記述がHTML(HyperText Markup Language)というきわめて簡単なプログラム言語によってできる.ワープロの経験があれば誰でもホームページを自作できるから人気が出たと思われる.

 さて,httpとHTMLという二つの言葉に含まれているハイパーテキスト(HyperText)についてお話しよう.ハイパーテキストの理論的な源泉となったものは,1945年にヴァネヴァー・ブッシュが発表したMemexである.ブッシュは,次のように述べている. 「人間の頭脳は,連想によって動くものである.一つのことを理解すると,連想によって与えられた次のものへと即座に飛び移る.これは,脳細胞によって実現される複雑な網状の経路と一致している.もちろん脳には別の性質もある.頻繁にたどれることがない経路は薄れていってしまう傾向があり,記憶される内容は完全に永続的であるわけでなく,記憶は一時的である.しかし,動く速さ,経路の複雑さ,知性の描くものの細部は自然界にある他のものよりも素晴らしい」  ブッシュは,人間の頭脳は連想によって動くものであり,このような連想機能を重視したハイパーテキスト・マシンを開発すべきであると主張したのである.

 Memexは,個人のすべての蔵書,記録,手紙をあたかも人間の脳細胞が複雑な回路網で連結されているように蓄積し,柔軟に検索できる個人用デジタル・ライブラリーといえる架空マシンであった.

 このMemexの考え方は,やがてテッド・ネルソンによって具体的に練られてハイパーテキストと命名される.ハイパーテキストは「文章を超えるもの」という意味になるが,「紙の本を超えるような電子の本」のことである.1965年に,ネルソンは,Xanaduプロジェクトを開始した.Xanaduとは,サミュエル・T・コールリッジの有名な詩である「Kubla Khan」の中で使われていた書物の記憶という魔法の場所,いわば理想郷を意味した.

 ネルソンは,全世界の文書資源をリンクにより構造化し,情報選択や文書構造表示の機能を装備し,デジタル・ライブラリーとして完成するという遠大な目標を描いていた.

 Xanaduでは,世界中の文書は,ハイパーテキスト構造で展開される仮想文書となり,それぞれのフラグメント(文書要素)から構成され,引用・参照などのリンクを持つものになる.すなわち各文書はそれ自身のアドレス空間を持っていて,それが必要に応じて,他のアドレス空間に変換される.すなわち,新しい文書を作成するということは,既存のフラグメントに対して,新しいフラグメントを追加し,新たなリンクを追加することによって,一つの仮想文書を生成させることになる.今日のインターネット上に展開されるWWWサーバーは,このXanaduを具現化したものといえるだろう.

 ところでハイパーテキストでは,ノードとリンクの追跡というブラウジングが従来の本の頁と頁めくりに相当する.紙の図書では頁をパラパラめくる楽しみがあり,それが思わぬ情報の発見につながる.ハイパーテキストでは,リンクのブラウジングは,図書とは違い非線型・多次元の情報空間を縦横無尽に航海する楽しみを与えてくれる.だが,このようなブラウジングによって情報の迷子を生むことになる.Webという巨大なネットワークの情報空間において航 海を続ける利用者は,探している現在の場所は何処なのか,自分はどのようにしてこの場所に到達したのか,知っている場所に再び戻るにはどうすればいいのか座標がわからなくなる.この情報の迷子は,ハイパーテキストが直面する大きな課題となるだろう.

(さいとう たかし・情報学)