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J・J・ギブソン『生態学的視覚論』

1979
三嶋博之

「本書は,我々がいかに見るかということについて書かれたものである.我々の周囲の環境をどのように見るか.環境の面や配置,色や肌理(きめ)などをどのように見るか.動いているか否かを,また動いているとすれば,それがどこに行こうとしているか,その場所をどうしてわかるのか.いろいろなものがそれぞれ何の役に立つのかをいかに知るのか.針に糸を通すとか,自動車を運転するなど,何かあることをするその方法をどのように知るのか.なぜ,ものがそのように見えるのか」(序).

 本書は,視覚研究者として知られるJ・J・ギブソン(1904−79)の遺作であり,彼が50年にわたって考え続けた視覚にまつわる問題に対する,もっとも洗練された解答である.本書では数々のキーワードが登場するが,特にユニークなものとして「視覚システム」の生態学的な再定義と,「アフォーダンス(affordance)」の概念の提出があげられるだろう.

 視覚システム....視覚とは「周囲を見回し,何か興味のあるものの方へ歩いて行き,あらゆる側面からそれを見ようとして,その回りを動き,またある景色から他の景色へと場所を移動する」(序)という,身体を周囲の環境の中で定位させる行為全体であり,その行為をドライヴするのが視覚システムである.「一般に,視覚は脳と結びついている眼に依存しているといわれている.一方,(……)自然視は地面に支えられた身体の一部である頭についている眼に依存しているのであって,脳は視覚系全体の中枢的器官に過ぎない」(序).視覚とは環境の「見え」に注意を向ける活動の総体であり,脚や胴体や頭,前庭や筋など解剖学的には「視覚」と関係がないとされている器官をも含んだ全身の行為である.僕たちの常識とは違って,網膜上の像や,頭に浮かぶイメージが視覚の本体なのではない.

 アフォーダンス....有機体(動物)の活動は環境によって支えられている.環境は,有機体がその生活を維持するために必要な,あるいは避けなければいけないさまざまな資源,すなわち,餌,天敵,仲間,身体を支える支持面,隠れ場所,障害物,呼吸とそこを通り抜けることを可能にする大気などといったものによって構成されている.有機体は,環境がどのような「価値」や「意味」を持っているかを知覚し利用できなければ生命活動を維持できない.ギブソンは,ある動物にとっての,環境の資源に備わった「意味」や「価値」を「アフォーダンス」と呼んだ(8章参照).「アフォーダンスの理論にとって中心的問題は,(……)アフォーダンスを知覚するための情報が包囲光の中に利用できるように存在するか否かという問題」(p.153)であり,視覚システムの課題は,アフォーダンスを特定する情報をピックアップできるようにシステムの特性を同調させることである.従来,物そのものには価値や意味がなく,それらは知性によって付与されるものであると考えられてきた.しかし,アフォーダンスの理論に従えば,有機体にとっての「『価値』や『意味』は直接的に知覚される」(p. 137)ことになる.

 また,ギブソンは本書の終わりの2章を絵画や映画といった画像表現(depiction)の論考にあてている.画像表現は,「それを制作した者が見たものあるいは想像したものの記録であり,他者が見たり想像したりすることを可能とするように作られたもの」(p.310)である.ギブソン理論における画像表現やその技法の問題とは,基本的に,視覚システムがいかなる情報(「不変項」)をピックアップし,その「情報」を他者の視覚システムが利用可能なかたちでいかに表現するかということである.そのとき表現されたものは,「情報」を含んでいる限りにおいて,必ずしも「写実的」である必要はない.

 本書の主要なテーマは視覚についてであるが,ほとんどの場所で「見る」を「知る」に置き換えて読むことができる.本書の内容は,本質的には「知る」ことの生態学である.

(みしま ひろゆき・生態心理学)

J・J・ギブソン『生態学的視覚論』(古崎敬+古崎愛子+辻敬一郎+村瀬旻訳),サイエンス社,1985.

    

■関連文献
同じ立場のもの
V. Bruce and P. R. Green, Visual Perception: Physiology, Psychology and Ecology, Lawrence Erlbaum Associates, 1985.
J. J. Gibson, The Senses Considered as Perceptual Systems, Greenwood Press, 1983 (Original work published 1966).
E. S. Reed, Encountering the World: Towards an Ecological Psychology, Oxford University Press (in press).
違う立場のもの
ジョージ・バークリ『視覚新論』(下条信輔,植村恒一郎,一ノ瀬正樹訳), 勁草書房,1990.