back tocontents
bookguide50
29
オットー・シュテルツァー『写真と芸術....接触・影響・成果』

1966
井口嘉乃

 オットー・シュテルツァー著『写真と芸術....接触・影響・成果』は,芸術活動全体における写真の意義と重要性を認め,特に写真と絵画の相互関係をテーマに,それぞれが接触を始めた時代から社会的局面にまで及ぶ現代までに,写真がどのような影響を与え,どのような成果を挙げているかについて論じた研究書である.単に写真と絵画の交流史にとどまらず,両者の狭間に潜む「芸術と科学」,あるいは「芸術と技術」の問題を詳細な作品分析と史実に基づいて検討を試みている点において重要である.

 シュテルツァーは第1章「写真の起源」の中で,ルネサンス以来,画家は絵を描くための補助手段として,カメラ・オブスキュラやカメラ・ルーキダという機械的な透視装置を用いて光景を“敷き写し”てきたのであり,写真の誕生が科学的研究の成果である以上に,美術の歴史的展開の中で映像を写し取る装置として必然的に生まれたと説く.

「レオナルド・ダ・ヴィンチがカメラ・オブスクーラの簡単な,しかも要領を得た記述とスケッチを残したのは,偶然ではない.レオナルドとともに,ある新しい時代が始まった.そこではもはや,芸術はみずからの座標系を当時信じられていた超越的な世界のなかにではなく,眼に見える現実のなかに見出した.それは,眼に見える世界を客観的に,合理的に把握する可能性を捜さなければならない時代だった.近代は,芸術と科学,創造と研究は同じ一つのものだ,という旗印のもとに始まる」(pp.26−27).

 近代美術以後の史的展開において,写真は特殊な業績を果たすこととなる.印象派絵画における写真映像の引用,シュルレアリスムやダダイズムのフォトモンタージュ,構成主義のフォトグラム,そして未来派と後期印象派の運動の表現など造形上の実例は,写真(機械)による映像が人間の眼による知覚の変革を促してきたことを立証している.特にシュテルツァーがここで強調しているのは,写真術の基礎となるカメラ・オブスキュラ効果ばかりでなく,臭化銀の感光性という化学技術面が,新しい造形表現の創造に貢献した点で,彼はここで,構成主義画家であるモホイ=ナジの「光による造形表現」(フォトグラム)が遠近法的表現を排除し,視覚芸術の新たなヴィジョンを提示したことに大きな共感を寄せている.後に彼は,モホイ=ナジの映像論『絵画・写真・映画』(1925)の復刻に際し,解説を添えている.

 また,写真特有のクローズアップや俯瞰,ブレや多重露出といった機械的な造形表現が絵画表現の様式形成を促し,エドワード・マイブリッジの連続写真が,フランシス・ベーコンのニュー・リアリズム絵画やアンディ・ウォーホルの複数の映像によるシルクスクリーンのイメージ・ソースであることを指摘している.

 この本が書かれた1960年代の芸術状況を振り返れば,ニュー・リアリズムとポップ・アートが全盛期を迎え,オップ・アートの登場という写真や写真製版による複製術が美術と抜き差しがたい状況において,もはやそれらを無視しては現代芸術の理解はできないのである.シュテルツァーは現代芸術家がしばしば引用する《モナ・リザ》を指して,「写真に撮られた芸術作品は芸術そのものを変えた」と述べているが,それは写真の複製技術が鑑賞者の知覚をますます拡大し,芸術作品が写真製版によって大量に印刷され,時間的空間的広がりを獲得することにより,芸術を取り巻く構造そのものが変容したからである.この変容するメディア環境において,芸術は作品を観る側の問題へと投げかけられなければならないのであり,この社会的局面において「写真と芸術」に真の緊張関係が存在すると言える.

(いぐち としの・芸術学)

オットー・シュテルツァー『写真と芸術....接触・影響・成果』(福井信雄+池田香代子訳),フィルムアート社,1974.

    

■関連文献
L. Moholy-Nagy, Vision in Motion, Paul Theobald,1947.
エアロン・シャーフ編著『写真の歴史 .... 不滅のパイオニアたち』(伊奈信男監修,小沢秀匡訳),PARCO出版,1979.
伊藤俊治『〈写真と絵画〉のアルケオロジー』白水社,1987.