back tocontents
bookguide50
25
バックミンスター・フラー+ロバート・W・マークス『バックミンスター・フラーのダイマキシオンの世界』

1960
松本篤

 フラー生誕100年目にあたる昨年よりニューヨークを中心に回顧展が催され,技術をとおして宇宙の仕組みにせまるフラーのシナジェティック(相乗作用を発揮するような)・ヴィジョンへの関心が再び高まっている.フラーがエネルギー/シナジェティック(本書では共エネルギーと訳されている)幾何学を構築したのは1927年に遡り,この年,後にダイマキシオン・ハウスとして展開するスケッチを含む「4D」を執筆している.1923年にはル・コルビュジエの『建築をめざして』が出版されており,近代機能主義は幕を明けていた.しかしフラーの「発明」に対する評価は定まらず,ジオデシック・ドームの建設が本格化するのは1953年以降である.「自分の個人的な経験の中に含まれている技術・経済的資源」「社会に属する」と自らを律するフラーの姿勢もあり,多岐にわたる活動や思想,おびただしい数のプロジェクトの全貌が明らかにされるのは,彼の身近に長くいたR・W・マークスがフラーと共に1960年にまとめた本書を待たねばならなかった(翻訳書は1973年版によっている).

 本書は前半でフラーの生い立ち,思想,活動を解説し,後半で彼が関わった27の作品をヴィジュアルに紹介する構成をとっている.フラーの哲学は,宇宙を「すべての人びとの経験の集合体」と考え,「全体として,秩序正しさを示す何らかの痕跡を残すもの」としてとらえることから出発している.デカルト的な近代自然科学の伝統にのっとったフラーは「自分の考えを発明するわけではない.私は単に,混乱している全体からいくつかの部分的な構成をとり出すだけなのである」と述べる.そうしてとり出されたものの第一に,自然と知性とを深いところで一致させ,部分と全体との関係を支配している原則としてのシナジェティック幾何学である.第二は宇宙エネルギーを人類の利益に「より少ないもの(手段)でより多く」転換させる,自然が持つ経済性の原則であり,この両者は相補的なものであった.プロジェクトとしては「有利な物質環境への人間の脱出」を可能にするとフラーが呼ぶシェルター(4D住宅)の設計から出発した.ダイマキシオンとは「ダイナミック」,「マキシマム」,「イオン」など彼の理念を表現する言葉から後に編み出された造語である.人類全員が一定の生活水準を保てるだけのエネルギーはすでに存在しているという意味で「真の原価は前金で支払われている」とフラーは考える.エネルギーが適切に配分された社会を実現するためには,量産型のダイマキシオン・ハウスを世界に配置することが課題となる.万能輸送機関のモデルとしてのダイマキシオン・カーがその輸送単位として提案された.しかし航空機産業が戦後転換すると目されていたダイマキシオン計画は頓挫してしまう.新しい産業の懐胎期間を1/4世紀とする彼の見積りからすれば時期尚早であり,この時,後の短命化の概念(エフェメラリゼーション)もその一歩を踏み出していた.

 シナジェティック幾何学は宇宙の基本構成要素として4面体,8面体,20面体をあげる.その有効性は原子やDNAの配列モデルが同様のベクトル平衡体と考えられていることを例証にあげている.ダイマキシオン・マップ,エアオーシャン・ワールド計画はこの幾何学の最初の応用例である.ついで4面体・8面体(オクテットトラス),張力複合体(テンセグリティ)構造によるジオデシック・ドームが開発される.ジオデシックとは大円の弧であるが,フラーは「最大級のエネルギー宇宙を構造付ける物理,数学概念である」としている.システムが世界を小宇宙と大宇宙とに二分する時,ドームは環境の「調節弁」,インターフェイスとしての役割を担うと考えられている.1973年版に追加されたマンハッタンを覆うドームや雲の構造体(フローティング・シティ)では,計画の巨大化に反してドームが「見えなくなる」傾向にある.そこでは「純粋なシステム統一体」としての宇宙船「地球号」のイメージが浮上する.

(まつもと あつし・建築‐都市環境設計)

バックミンスター・フラー+ロバート・W・マークス『バックミンスター・フラーのダイマキシオンの世界』(木島安史+梅沢忠雄訳),鹿島出版会,1978.