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ジョージ・ケペッシュ編『ニューランドスケープ....造形と科学の新しい風景』

1956
伊藤俊治

このアート&サイエンスのイメージ・マトリクス集成のような書物を編んだのは,当時マサチューセッツ工科大学のヴィジュアル・デザイン担当教授だったジョージ・ケペッシュである.

 ケペッシュはハンガリーのブダペストに生まれ,アメリカに渡ってラースロー・モホイ=ナジによるニュー・バウハウス(シカゴ)の設立に協力している.クリエイターとして絵画,写真,映画,建築,デザイン関連の仕事を行なう一方で,ケペッシュは理論家としても活躍し,1944年にデザイン原理の古典といわれる『視覚言語(Vision of Language)』を発表したのを手始めに,『芸術と科学における構造(Structure in Art and Science)』や『サイン・イメージ・シンボル』,『今日の視覚芸術(The Visual Art Today)』などの刺激的な著作を送り出している.

 本書は『芸術と科学のなかの新しい風景』というのが原題で,1956年に出版され,新しい芸術や科学,デザインを志向する人々の間で大きな反響を巻き起こした.

 このイメージ集にはウィルソン天文台から撮影した網状星雲の写真に始まって,アラスカの海岸線,マンハッタンの航空写真,地殻のパターン,海底写真,蛇の舌の拡大写真,変形菌の電子顕微鏡写真,結晶の構造,宇宙線のシャワーまで,写真術の発明以後,人類が獲得してきた“ニュー・ヴィジョン”が多彩におさめられている.

 ケペッシュは本書の序文で,これまで生物学,物理学,心理学,数学,芸術などの諸領域に対するわれわれの理解が,今までいかにダイナミックな連関性と幅広い統合力に欠けていたかを明らかにし,科学技術が可能にした新しいイメージを通してわれわれの視覚や思考を揺さぶるさまざまな方法を仕掛けている.「この写真集は本ではなく風景である.さらに言うならば,私が大いに望みをかけている新しい風景,私が感動し,そして信頼を寄せた風景の最初のスケッチ集なのである」とケペッシュは言う.

 例えばわれわれが自然宇宙のなかに見出す形式や構造は決して孤立した確固としたものではなく,それらは空間的にも時間的にも他の形式や構造から現われ,再び他の形式や構造のなかへ消えてゆくものである.水蒸気は雪片となり,やがて雨のしずくに変わる.また人間は受精卵から始まり,胎児,幼児,成人と変化してゆく.

 構造や形式のパターンは実は動的なパターンである.われわれは自然宇宙のパターンをその周囲から切り離された単一の現象や存在とみなしているが,それは単に一時的な境界線を見ているにすぎない.こうしたわれわれの存在を動かしている自然宇宙を感知するためには人間がこれまで使ってきた知覚方式を捨てて,新しい方式を手に入れる必要がある.物と物の境界よりも,それらの関係や過程,運動や変容を見る必要がある.物の相互関係を明らかにし,さまざまな現象を交差させ,共振させて考えてゆくことが求められる.自然宇宙を合理的に把握するのではなく,見えない世界の現象を直感的に感知し,われわれ自身の行為や感覚と世界のリズムを同調させてゆかねばならない.

 科学的な考察と芸術的な考察が混然となり,両者の相互作用によって基本的な体験が創造されうるような場が獲得されなければならない.そのうえで初めて科学でも芸術でもなく,科学的な知識と詩的な直観を兼ねそなえた理解力が形成されることになるだろう.

 ケペッシュには科学と芸術が20世紀においてともに貧血状態におちいり,根なし草となっているという強い認識があった.それを乗り超えるためには自然宇宙との新しいコンタクトが必要だったのだ.科学者の頭脳と詩人の感性と画家の眼が合体されなければならないとケペッシュは言った.大切なのは統合的ヴィジョンなのである.本書にはそうしたヴィジョンが水晶のように散りばめられている.

(いとう としはる・美術史)

ジョージ・ケペッシュ編『ニューランドスケープ....造形と科学の新しい風景』(佐波甫+高見堅志郎訳),美術出版社,1966.