InterCommunication No.13 1995

Feature

森の叛乱
電子のゲリラ


港千尋


Photo: MINATO Chihiro


 メキシコ南部,グアテマラと国境を接するチアパス州で起きた武装蜂起は, 当初ペルーのマオイスト・ゲリラに代表される一連の叛乱が飛び火したもので はないかという見方がされていたが,最初の武力衝突から1年以上を経過した現 在では,事件を取り巻く状況はそれほど単純なものではないことが分かってき ている.サパティスト国民解放戦線(EZLN)と名乗る叛乱グループは,その名 からも分かるとおり,1910年の革命を導いたパンチョ・ビラとエミリアノ・サ パタを歴史的な先導者とする,一種の農民蜂起である.
 しかしそのあいだに 流れた80年という時間は,名前だけから類推することのできない,大きな違い を生んでおり,指導者のスタイルから比較されることの多いキューバ革命とさ え,多くの点で異なっている.と同時に,規模としては小さいはずの,この叛 乱には,まもなくひとつの世紀を終えようとする今日の世界が抱えているいく つかの問題が,明確に反映されている.結論から先に言えば,それは環境と情 報という次の世紀において中心となる問題に対する,ひとつの意思表示ではな いか,と思われるのである.

1994年のパンチョ・ビラ
 EZLNの武装蜂起の性格を知るには,やはり彼らのモデルと比較してみるのが分 かりやすい.もっとも大きな違いは,少なくとも現時点では,メキシコの国民 が武器を力にした闘争を望んではいないという点にあるだろう.これは政府が強硬な態度を保持しつつも,EZLNを即時壊滅させるような大攻撃にまでは至っ ていないことと,おそらく関係している.昨年起きたペソの大幅な切下げによ る経済混乱のなかで,武力鎮圧を望む声は大きいが,政府はそうした声に従う 素振りを見せつつも,交渉による解決の望みを捨ててはいない.
 これはひと つには,NAFTA体制にとってマイナスとなるような状況を招きたくないという思 慮があるだろう.というのも,メキシコ国内の武装勢力はEZLNひとつではない からである.やはり太平洋側に位置するゲレーロ州やタマウリパス州などには, 農民層を基盤とした極小政党が武器を持ちはじめていることが伝えられており, チアパスの隣りにあるオアハカ州でも武装したグループによるテロが起こって いる.潜在的なサパティストがメキシコ南部各地に存在しているという状況の ために,チアパスだけに問題を限定できないのである.
 また1910年の革命で は敵であったカトリック教会が,今回ではEZLNのスポークスマン的な役割を果 たしていることも,大きな変化だろう.特に紛争地域の中心にあるサン・クリ ストバル・デ・ラスカサスの教会は政府側とEZLNとの交渉において,重要な役 割を担っている.1994年のパンチョ・ビラを取り巻く状況は,明らかに変化し ている.こうした状況の変化のなかで,チアパスの叛乱は,150人余りの犠牲者 を出した最初の衝突以来,目立った戦闘がないにもかかわらず,その主張を世 界中に流布させつつ今日に至っている.そしてその中心にいるのが,マルコス 副指揮官という謎の人物なのである.

ポストモダン・レヴォリューション
 蜂起から1年経過した95年2月に,メキシコ政府はEZLNの指導者マルコス副指揮 官の正体を掴んだと発表した.覆面の下に隠れている素顔は,ラファエル・セ バスチアン・ギレン・ビンセンテという名の男であり,メキシコとパリで哲学 と社会学を学んだインテリというのが,その内容である.だが,学生証の写真 のようなその素顔がテレビを通じて全世界に流されたものの,このニュースが それほどの衝撃を起こさなかったのは,マルコス副指揮官が白人のインテリ層 出身ということが,ほぼ公然の事実として受け止められていたからだろう.と いうのも,新聞,雑誌,あるいはテレビからコンピュータ・ネットワークのな かにまで登場するマルコス副指揮官の主張や意見は,ジャーナリストよりもは るかに深くメキシコの政治状況を分析把握している人物のそれであり,外国の メディアに対する対応の仕方も非常に洗練されている.チアパスの山奥出身と は考えがたいのである.
 インタヴューに答える姿を見ると,常に携帯電話を身 につけており,これによってチアパスをテーマにした集会やシンポジウムに, 直接介入してくる[★1].EZLNの要求はすでにインターネットのなかに入り込 んでおり[★2],またフランスではミニテル回線のなかに,EZLNの動きを,ほ ぼリアルタイムで告知する情報提供者まで現われている[★3].こうした情報 戦略を見るかぎり,マルコス副指揮官のイメージは,チェ・ゲバラではなく, 電話回線を通じてコンサート会場からどこにでも進入するU2のリーダー,ボノ に近いものであると言えるのではないだろうか.
 だいたいマルコス「副指揮 官」という名称が人を食っている.また彼のトレードマークである覆面帽は, 都市テロリストが用いるものであって,山岳地帯で繰り広げられるゲリラ活動 のものではない.EZLNは,時代も状況も異なる複数のゲリラ闘争のイメージを コラージュ的に使い,それを効果的に情報網へ送り込むことによって,マスイ メージ時代のゲリラを演じているのだとも言える.少なくとも,その闘争の舞 台とは逆に,極めて都市的な武装蜂起であると言えるだろう.

森の叛乱
 だがこれをポストモダン・レヴォリューション特有の身振りとして見ているだ けでは,問題の本質を見誤ることになる.チアパスというメキシコのなかでも もっとも貧しく,その住民がNAFTA体制において見捨てられつつある地域におい て,闘争の本質は単に歴史的なものではなく,熱帯林を抱える生態系の破壊に も係わっているからである.EZLNの蜂起が起こる2年前,隣のオアハカ州にある 熱帯林の破壊が,世界中の自然科学者や環境保護団体の注目を浴びた.チマラ パスと呼ばれるこの森には,メキシコに生育するおよそ1万種の植物のうち約2 千種があると言われ,また世界の熱帯鳥1200種のうちに半数以上が棲んでいる. その森が,高速道路の建設によって無残に破壊されようとしていたのである. 幸い,国内の反対派の運動と国際的な非難によって,破壊だけは免れたものの, この事件は熱帯の森を危機に陥れているいくつかの要因を炙りだすことになっ た.ひとつは州が後押しして進められる,牧場の拡大であり,その牛の運搬の ための道路の建設である.その背景にあるのは,生態系を無視した略奪的開発 のシステムである.アマゾンがそうであるように,熱帯林はここでも多国籍企 業やマフィア資本を相手にしなければならないわけである.
 EZLNが「ラカンドンの森」をベースにして,先住民の権利の要求を掲げる活動は,従って,世 界中の熱帯林で繰り広げられている森の生活権要求運動のなかで理解する必要 があるだろう.マルコス副指揮官をはじめとするインテリ指導者たちが学んだ のは,実は大学ではなく,先住民の豊かな知恵が育まれた森のなかではなかっ ただろうか.森の生態系と電子生態系が直結しているところに,極めて今日的 な闘争が生まれているのではないだろうか.

(みなと ちひろ・写真家,評論家)


■註
★1
1995年3月,フランスとドイツの共同テレビ局であるアルテが,マルコス副指揮 官のロング・インタヴューを放映した.背景はラカンドンの森で,時折上空を 政府軍のセスナが通過する.ユーモアたっぷりの受け答えは紛れもなくメキシ コ人のそれであり,そこからはEZLNがメキシコ共和国を支配するというような ことはまったく考えていないことが窺える.こうした態度を指してメキシコの あるジャーナリストは,「ゲリラ自身のリプレゼンテーションであるゲリラ」 と書いている.

★2
Ejercito Zapatista de Liberacion Nacional (EZLN) Home Page

Subcomandante Marcos and the EZLN
NACLA(North American Congress on Latin America)のWWWサーバ上にある
「マルコス副指揮官とEZLN」情報ページ

★3
約2万5千にのぼるミニテル・サービスのひとつ「Zapata」
(サービス・コード:3615ZAPATA).EZLNの最新ニュースや文献情報などが有 料で提供されている.


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