InterCommunication No.12 1995
InterCreation
MAKOTO SEI WATANABE
誘導都市
都市を扱う「方法」を求めて
[都市はデザインできない.ただ誘導できるだけである.]


複雑で多様な世界を相手にする――ALA(人工生命建築)
思考支援ツール――頭を助けるコンピュータ
ひとつの建築を設計するときには,もしかしたら「方法」は要らないのかもしれな
い.機能要求や面積などの与条件をクリアするようにスタディを繰り返していくう
ちに,ある時決定的な解答がひらめく.それは十分な助走に続くテイクオフ,はた
また天の啓示か降臨か,すぐれた直感は論理に勝る,とは科学者もよく言うことで
ある.
しかし,相手が都市となれば,話は違う.都市とは,直接には操作できない相手の
集まりである.いかにすぐれた建築家も,隣の敷地の建築は設計できないのだ.そ
して,強固な意志で上からの全体計画を強制した神は死に,王は去り,独裁者は失
脚し,資本は息切れした.「全体」を指揮する者はもういない.
しかし,だからといって放置していたのでは,事態は変わらない.現在の都市が望
ましい姿とは思えない以上,この「操作できない」対象を扱う「方法」が必要にな
る.それではその方法とは何か.この研究は,その意識が動機である.
都市は,単体建築とは違って一枚の完成予想パースを描くことはできない.生き生
きとした現代の都市とは動き続けるものであり,現在とはその動きの中のひとつの
過程だからである.
そこでできることは,建築のような都市の構成要素そのものというハードにではな
く,都市の運動の仕組みという「ソフト」に手を加えることであろう.
それは都市を「設計」するのではなく,都市を「誘導」するということである.
その意識から,この研究は「誘導都市」と名付けられている.

複雑で多様な世界を相手にする――ALA(人工生命建築)

例えば,人間以外に社会や集落をつくる例としてよく引き合いにだされるものに,
蟻がある.蟻は小さな生きものだが,その仕組みは複雑で精緻を極める.現在の技
術では蟻と同じものを人工的につくることなどとうてい不可能である.そもそも,
庭にまいた砂糖に蟻がどうやって集まるのかさえ,十分には分かっていない.
ここで,コンピュータなかの光の点に,いくつかの単純な規則を与えて,ディスプ
レイの庭に放してみる.その点々が,砂糖に集まる蟻のような行動をとったとする.
生きている蟻と,コンピュータの蟻は,姿かたちはまったく違っていても,行動様
式は同じになった.ということは,現実の蟻も,実はコンピュータの蟻のように単
純な規則の組合せで行動しているのではないか,と推理することができる.それな
らば,こんどはコンピュータの蟻を例えば,寒い(とコンピュータが理解する)場
に放って観察してみれば,本物の蟻の冬の行動が予測できるかもしれない.
一匹の蟻の精密な組み立ては分からなくても,このようにすることで蟻の行動が予
測できる.予測できれば,制御もできる.これがシミュレーションであり,コンピュー
タのなかの光の点々が「人工生命」である.
人工生命とはロボットをつくることではない.とりあえず形はなんでもよく,ここ
で大事なことは,単純な規則を与えられたたくさんの点=生物が,勝手にコロニー
をつくったり増減したり他人のプログラムを取り込んで進化?するとか,実際の生
物のような多様な行動パターンを描くというところにある.
ここでは,蟻を観察すれば都市が類推できるといっているのではなく,両方とも
「たくさんの構成要素があり,その各要素には比較的単純な規則が働いていて,し
かしその要素相互がさまざまに関係しているため,全体としては多様で予測のつき
にくい結果をもたらす」という共通点があるということである.
逆に言えば,これを人の世界で行なったものが都市だと定義してしまってもよい.
こうした仕組みを持つものは,一般に「複雑系」と呼ばれる.その呼称の検証は別
の機会にするとして,同様な性格を持つと思われる「系」は,他にもある.気象や,
経済や,他の生物の世界がそうである.
行動様式が似たものどうしならば,同じような方法で対処できるかもしれない.複
雑で多様な都市の姿が,都市を律するすべての法則?を知らなくても,部分的なコー
ドを設定することでシミュレートできるとしたら…….
その観点から,この研究はALA (ARTIFICIAL LIFE ARCHITECTURE) と名付けられた.

思考支援ツール――頭を助けるコンピュータ

今日,建築デザインの分野でコンピュータといえば,CADとCGが主で,それはいずれ
も図面を描くツール,つまり「手」助けの道具である.
それはそれで大事なことであるが,コンピュータの力はこれだけではない.コンピュー
タをもっと働かせよう.
「頭」を助けるコンピュータ,それがここでのもうひとつの目的であった.
手でもできることをコンピュータにやらせるというような,省力化,効率化のため
ではなく,コンピュータなしではできないことを行なうこと.それによって建築設
計と都市関与のクオリティの「高質化」を図ること.そのための「思考支援プログ
ラム」の開発を求めた.

今回提示するものは,以上のような構想の,第一段階の概念モデルといった性格で
ある.
その内容は,次の二種に大別できる.

(1)人工生命のように,「単純な部分的コードによってつくられる多様な全体とい
   う,ライフ・シミュレーション」方向のもの.

(2)「抽象概念や状態を視覚化し,直観的理解をもたらす,思考ビジュアル・シミュ
   レーション」をするもの.

そして,その評価は,概念レベルの意味と,実用ツールとしての可能性との,二面
から見ることができるだろう.


ディレクト:渡辺 誠(FAX:03-3829-3837 アーキテクツオフィス代表・横浜国立
          大学大学院講師,京都精華大学講師)
アシスト :中野泰宏(横浜国立大学大学院)
スタディ :太陽神決定の都市――大戸裕子
      自己/他者決定の都市――石井周吾
      相関波動の都市――中野泰宏
      歪曲空間の都市――赤松純子
      比較街区の都市――高良浩平
      瞬間実体化の都市――湯川高邦
      (以上,横浜国立大学大学院)
サポート :田宮晃志(アーキテクツ オフィス)

■註
この研究のコンピュータ・プログラムはオリジナルであり,パッケージ・プログラ
ムは使用していない.

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