ICC

会期:2010年1月16日(土曜)〜2月28日(日曜)

作家による作品解説

「建築折紙」
舘知宏

作品解説

折紙は一枚の紙を折ることで多様な形態を作る芸術・文化・遊びであり,近年では日本の文化に留まらず世界共通の芸術媒体として展開しています.一枚の紙を使い,切断・伸縮を禁じるという厳密なルールに基づく造形でありながらも,抽象から具象,単純から複雑,二次元から三次元,静的な物から動的な物まで,多様な表現が試みられてきています.折紙はまた,展開・折畳みなどの平面から立体,立体から平面へと状態が移り変わる動的特性,一枚の連続面という性質,折りによって作られる陰影や曲面などから,工学デザインにおける新しい手段としても着目されています.

「建築折紙」では,折紙が本来もつ機能性・動的特性・形態の多様性を工学的なコンテキストの問題解決の手段として十分に活かし,アダプティヴな(適応性のある)環境創生のための折紙の設計理論を提案します.この理論の特色は,(1)折紙を与えられた形態として捉え建築の問題へ適用するのではなく,諸条件をもとに,折紙の形態を生み出していくという逆問題を解くこと,(2)逆問題を解くときに,条件から陽に形態を導くのみではなくデザイナーが形態との対話を通じて新しい意味や関係性を発見していくプロセスを可能とする枠組みを構築すること,(3)コンピュテーショナルに得られた抽象的な折紙を実体化させることで,いままで実現不可能であった新しい物理空間を創りだすこと,の三点にあります.これらを,「立体形状の折紙化」「自由折紙」「剛体折紙」の三種類の新しい折紙理論と実践を通して提示していきます.

「立体形状の折紙化」では,あらゆる立体形状を「折紙化」する,すなわち,一枚の正方形を折るだけで任意の多面体を実現可能とする設計理論を構築します.紙に折りで襞を寄せて三次元形状を構築するテクニックの逆問題をコンピュテーショナルに解くことで,与えられたありとあらゆる三次元形状からその形状を折るための展開図を計算するシステム「オリガマイザ」を構築し,また,それを使うことによって,コンピュータ・グラフィックスの標準的オブジェクトであるユタ・ティーポット,スタンフォード・バニーなどの複雑なポリゴンメッシュ形状を初めて折紙で実現させています.

「自由折紙」では,折紙を折って到達可能な形態の解空間,すなわち折紙の可能形態を連続的・可逆的に探索する対話的デザイン・システムによって,現実の物理世界とは異なる物理メタファーをもった折紙の幾何学世界を浮かび上がらせます.紙を折るという手続きは,物理世界においては材料の破壊を伴う不連続・不可逆的な操作であるため,その可能な形を自由に探索することは困難です.そこで,紙のもつ物理的拘束条件ではなく,紙を折ってできる形が保つべき幾何的拘束をもとに挙動する「自由折紙」というヴァーチュアルなマテリアルをシミュレーションします.自由折紙に力を加えて変形させると,自由折紙は内包する幾何学の拘束によって,必ず一枚の紙から折ることができまた平坦に折り畳むことのできる特殊な立体的な形に応答します.リアルタイムに出力される展開図はどれも妥当な解であるため,これを紙にプロットして折れば,対応した三次元形状を物理化できます.

「剛体折紙」では,折紙の変形機構にかかわる幾何学的概念を抽出し,これを物理空間に変換しなおすことでスケールや材質の異なった新規の可動構造物を構築します.折紙が柔軟に変形するメカニズムは,素材の柔らかさと幾何学的な柔らかさに分離できます.後者のみを用いてメカニズムを記述するモデル,すなわち変形しない剛体面同士が折り線上の回転軸で接続された数理的モデルの変形を剛体折りと呼びます.剛体折りが可能な折紙は実は非常に限られており,ほとんどの折紙は材質の伸び縮みを利用した変形を利用していることが知られています.これは逆に,剛体折りのモデルを探し,物理世界へと変換しなおすことができれば,今までに発見されていない可動機構が作れるということになります.そこで,剛体折り可能な折紙の幾何学空間を構築し,複雑な形状でありながら非自明な一自由度の動きを生じる特殊な形態を探索・発見し,機構に矛盾しない厚みを加えることで,厚板パネルで作られたヒューマン・スケールの新しい可動構造物を実現させました.

可能世界空間論——コンピュテーショナル・オリガミの空間

折紙は,一枚の面を「伸び縮みさせない,切り貼りしない」というルールのもとで変形させ,様々な形を得る造形行為である.彫刻,塑像,ペーパークラフトといった他の造形の媒体に比べて課せられるルールは厳しく,この厳しいルールの生み出す幾何学的拘束が折紙の造形を特徴づけている.このような幾何学的拘束は自由な造形を阻害する要素であると捉えられがちであるが,実際は逆に,豊かな表現可能性,見立て・連想の多様性を生む源となっている.例えば,折紙では彫塑的に情報の付加を繰り返すようなディテールの組み立て手法を用いることはできず,細部の造形のために全体の構造を連動して変更させる必要が生じる.このような複合的な問題を解くことで設計された折紙作品は,全体と部分が連動した調和的なパターンをもつ.

翻って考えればそもそも幾何学的拘束は,その厳しさのレヴェルの違いはあれども,あらゆる造形媒体において形の源であるといえる.なぜなら,拘束がなく可能性のすべてが保証されている状態を仮定するならば,それは認識あるいは造形の手がかりとなる形のないランダムなノイズとなってしまうからである.幾何学的拘束は関係性の構造でありそれ自体は形をもたないが,外的な作用・条件によって特定の形として発現する.それゆえ造形とはその媒体・システムに潜在する幾何学的拘束から,創作者の作為などの外的作用によって形態を発現させる行為である.例えば,伸び縮みしない三次元空間上の曲面という幾何学的関係性を物理的に内包した紙というシステムに,くしゃくしゃに潰すような変形を加えるときの座屈現象*は,折紙の造形の基本である微分不連続性をもった「折り」の形を生む.

記述可能な空間状態の自由度に対する幾何学的拘束の強さによって造形の対称性・不規則性のレヴェルは異なる.記述の自由度に比べ拘束が強すぎれば対称性が支配的になり単純でヴァリエーションの乏しい形態に落ち込み,弱すぎればまた形の読み取りのできないランダムなノイズへと発散する.自由度と拘束のバランスは造形にとって重要な要素である.それゆえ記述可能な空間の自由度が圧倒的に増したコンピュテーショナル・デザインの現状において,これまでにない新しい意味をもつ空間を構築するためには,幾何学的拘束・外的条件に対してより高い注意を払う必要が生じる.

近年発展している情報科学の一分野であるコンピュテーショナル・オリガミが空間創出の観点で新しい可能性をもっているのは,もともと折紙がもっている幾何学的拘束の強さが,コンピュテーションによる自由度の向上とバランスし,多様性のある解空間が構築されるからであると考えられる.このコンピュテーショナル・オリガミの空間造形的側面の研究の成果が本展示「建築折紙」である.

建築折紙では,記述の自由度と潜在的な幾何学拘束から生じる造形の解空間を直感的な形で情報環境内に構築し,折紙の可能世界を浮かび上がらせている.この可能世界は物理世界の法則と双対をなすような幾何学的構造を法則として内包している.可能世界に存在するならば,物理世界でもまた構築可能であるという可換性が存在し,また物理世界やシミュレーショナルな世界においては実際に紙を折るという動的な操作によって初めて確かめられていた性質が,可能世界においては自由折紙という抽象的なマテリアルに内在する性質として自然に満たされる.このような物理世界との可換性が保証された内在的幾何学システムを,可能空間の探索のひとつの方法論として提案したい.

*座屈現象:力を加えられた構造体が力の方向とは異なる方向へ変形を起こしながら形を崩す破壊挙動.一次元では細長い棒を軸方向に圧縮したときにたわむ現象.