ICC
ICC メタバース・プロジェクト
濱野智史 メタバースのアーキテクチャ
既存のメタバース系サーヴィス──ヴィジュアル系か,それとも物理エンジン系か?

──海外の例でもかまわないのですが,そういう本来のメタバース的な使用法から離れた利用事例って,何かもう存在しますか?

濱野:私が聞いた限りでは,2008年,メタバース系サーヴィスへの出資はけっこう多かったみたいですが,そこでパカパカ出てきたのは,基本的な見かけはだいたい似ていて,細部が少しだけ違う機能を備えた,いわばセカンドライフ的サーヴィスのヴァリエーションに過ぎなかったという印象でしたね…….
 2008年夏,あのグーグルが「Lively」という3D仮想コミュニティ・サーヴィスを鳴り物入りで始めました.セカンドライフとかになると巨大な仮想空間がバーンと用意されていますけれど,簡単にいうとこちら(Lively)はブログパーツみたいなところに自分の部屋のような3D空間を設置して,各ユーザーがそこを行き来してコミュニケートしましょう,みたいな趣向でした.だけど,半年ほどでサーヴィスが停止されちゃったんですね.あのグーグルが一瞬にして撤退するという,ある種の衝撃の結末(笑).そのせいで「グーグルがダメって言うんだから,やっぱりダメなんだな……」みたいな空気がちょっと流れたことも事実です.

──それこそ『アーキテクチャの生態系』の中のダイアグラムにもあったように,グーグルという,すでに巨大なプラットフォームが確立されていて,「Lively」はそこに乗っかった形で出てきたわけで,次のさらなるプラットフォームに展開できるような何かが派生しても不思議ではなかった.だけど実際には半年くらいで倒れてしまった.どうしてなんでしょうか?

濱野:理由は色々と推測できますが,私が聞いた限りだと,仮想空間の開発にはだいたいの2つの方向性があるらしい.簡単に要約してしまうと,ひとつはヴィジュアル面を強化する方向,もうひとつはどちらかというと動学的なモデル……重力のみならず,いわゆる物理的法則を設計できるようなタイプの方向.要するに,ゲームとかを好きな理系の方が,こういった物理エンジン系にいくらしいのですが,こちらはいかんせん見た目がダサい(笑).かたや(前者の)ヴィジュアル系は,見た目はひたすらカッコいいんだけれど,特にユーザーにどう使ってもらいたいとか,あまり考えていない,自己チュー的なサーヴィスになりがちである.ざっくりと説明すると,そんな感じですかね.

──たしか3Diの「OpenSim」[※09]も,物理演算が得意というのがウリみたいですけれど.

濱野:これも難しい話ですよね.物理エンジンの側面を強化すると(どちらかというとセカンドライフもそれが強化されているほうですが),同一空間内にいられるユーザーの数がどんどん減ってしまう.結局サーバ上で,どの参加者にも同じような動きや振る舞いを計算して送ってあげないといけないから,計算量が増えてサーバの負担が増えてしまう.これはゲームの設計においても絶対に出てくる問題です.だから,セカンドライフよりももっと人数を増やそうとするタイプのメタバース系サーヴィスは,空間内で動くものといっても,常に同じ動きをしつづけるだけだったりと,比較的単純な動きや見栄えのものになってしまう傾向が強い.そうするとどうしても世界として面白味がないというか,「なんか動いてるなぁ……」みたいな感じにしかならない.純粋に技術的な問題としては,そういうことが挙げられます.

──では,ヴァーチュアル・モール的な試みにはどういう可能性がありそうですか? 田舎のショッピング・モールなんかだと,でっかい商業施設があって,その隣に遊園地があったりしますけれど…….

濱野:正直,こうしたヴァーチュアル・モール系には可能性はないと,僕は思っています.だからどうして昔からこういうのを作りたがるのか,すごく謎ですね…….たしかに企業サイドの主な利用法として,よく想定されますよね.実際にセカンドライフにも,例えばアメリカンアパレルやアディダス,トヨタなどが進出していました.やはり物売り系の人たちは,こういうところでデモンストレーションの新しい可能性を,みたいなストーリーを期待しがちです.だけど正直な話,あまり意味がないと思います.
 でも,服とかだったら,まだ可能性がないとは言えないかもしれない.……いやでも,別に服を(ヴァーチュアル・モールで)買うかなぁ? 仮想の服と,自分の体を寸分違わず再現したアヴァターを使って,3Dでばっちり服の試着ができたら,便利かもしれませんね.今はCAD的な技術で,服のパターンも細かく指定できるらしいのですが,一方で現状のアヴァターの精度だと,どんなに服の精度が高く表現されていても,試着してたしかめるまでにはいかないですね.試着室ぐらいの仮想空間で,めちゃくちゃ詳細な自分のモデルが表示されて「どれくらいズボンの腰に余裕があるか」とか「膝のところが意外と入らない」とか,そのレヴェルまでディテールが再現できるようになったら,かなり便利かもしれませんが…….

──それには,まったく自分の複製みたいな精度のアヴァターができないとダメ,ってことですね.

濱野:何千万ポリゴンで自分の分身を再現する……,実はそれって(身体と服のデータを投影すればいいだけなので),今の技術があれば不可能ではないんですよ.

──でも,その「究極のリアルなアヴァター」という話で思い出したのですが,「アヴァターがリアルすぎて嫌だ」と言う人もいますよね.「なぜ八頭身でなければいけないのか」……みたいな(笑).

濱野:そうですね.それはセカンドライフについて,皆が言うところですよね.かといって二頭身ならいいのかというと,そこは難しいところです.ただ,いま言ったような「3Dの可能性」がもっと極端な方向に引っぱられていくと,そこで何か出てくるのかも,という気がします.パソコンでデザインされるものっていくらでもあるので,3Dに限らなくてもいいと思いますよ.Illustratorのパースのデータとかを入れたら何かができちゃう,みたいなことでもいいし.




[※09]OpenSim:セカンドライフのような3D仮想空間サーヴィスを作成/公開できるBSDライセンスの仮想世界サーバ・ソフトウェア.