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1. プロトタイプ
2. シグネチャーズ
3. ヴィジターズ
4. インターネット
ウェブページを通じた展覧会への参加
DWF形式によるAutoCAD図面の参照
フォーラムのページ
参加作家
カタログ
 
1997年4月19日 〜 7月13日 [終了しました.] ギャラリーA





佐藤健司 海市「インターネット」についての補足 3月10日付け


10 March 1997

中西様,浜野様

海市Mirage CityのInternetにつき下記の補足説明を書きましたので,ご検討ください.

中西さん,浜野さんの電子メールアドレスは下記のとおりです.
KHC02440@niftyserve.or.jp
HAMANO@net-army.com

佐藤健司


海市「インターネット」についての補足

メールその他で「インターネット」のセクションについて,何をしたらよいのかはっきりしないという意見がありますので,ここで,私なりの考えをまとめてみます.

「インターネット」では「シグネチャーズ」「ヴィジターズ」と異なり,目には見えないもの,形のないもの,抽象的なものから出発したいという希望があります.
ウェブ・ページに記したように「シグネチャーズ」は空間的な枠組みから出発します.著名建築家の,すでに実現した建物のコラージュから出発します.初期条件として形の断片がアプリオリに存在し,その衝突,調停がその後の一連の作業の主題です.「ヴィジターズ」では,ゲスト建築家のあいだで,なんとかして「シグネチャーズ」にみられる空間的な枠組みを取り払うことはできないか,という観点から枠組み作りの議論がたたかわされています.一方,企画の初期段階から「連歌」というアイデアが磯崎さんから出されていました.つまり,時間というパラメータを付加しようというものです.これは入江経一氏によって作成されたメモのなかで「継承」という概念で取り込まれました.余談になりますが,入江メモを理解するには,コンピュータの内部でメモリ上に情報がどのような構造で構築されているのかという理解が不可欠です.メモリ上でのオブジェクトの配置,その生と死,クラスとインスタンスの違い,オブジェクトへのポインタ,クラスの継承,これらの概念で入江氏のメモは裏打ちされています.そのうえで,入江氏の「ロケーション」を「メモリ上のロケーション」ないし「アドレス」と言い換えれば理解が容易です.こうして入江氏のメモに沿った形で,というよりは,入江氏のメモは一連の作業の結果に対する,ある特定の整理ないし理解の仕方のパースペクティヴを与えているといったほうが適切ですが,「ロケーション」の具体的な選定に議論は進んでいます.たとえば,「島」とは何か,「政治」とは,「文化」とは,といったソフト的な断片が「ロケーション」として選ばれます.そして「島」は「防波堤」や「運河」といったハードウェアに直接リンクしてゆきます.同様の手法で「道路」「住居」「緑」…等々が選択されてゆくことでしょう.

「インターネット」では目には見えないもの,形のないもの,抽象的なものから出発したい,と記しました.具体的には,変換のアルゴリズムそのものを操作の対象にしたいと思います.アルゴリズム自体には形がありません.それはプロセッサにたいする一連の命令書です.しかし,特定の初期条件から出発し,あるアルゴリズムにしたがってコンピュータをまわしてゆくと,予期しない結果をうみだすことがあります.その初期条件に,たとえばランダムに配置された点の分布をあてはめたとします.それに,あるアルゴリズムを繰り返し適用することで点の分布は変化してゆきます.その結果は目に見える形,すなわちパターンです.つまり形が生成されます.

このプロセスで重要なポイントは3点考えられます.1つはアルゴリズム自体です.そして2番目に,アルゴリズムを適用するさいのパラメータの与え方があげられます.そして3番目に,アルゴリズム自体あるいは生成されたパターンを具体的な社会的,文化的コンテクストのなかで,どのように解釈するのか,という課題があります.

このなかで,最初のアルゴリズム自体については説明は不要とおもわれますので,2つめのアルゴリズムを適用するさいのパラメータについて少し説明します.たとえば,遺伝的アルゴリズムの古典的な具体例として「巡回セールスマン問題」というのがあります.これは,複数の都市を巡回するセールスマンが,どのような順序で都市をまわれば最終的な移動距離が最短になるのか,という問題をコンピュータに解かせるものです.具体的には都市の配列を遺伝子の配列にみたて,その遺伝子の配列が交叉や突然変異を繰り返しながら世代を経てゆきます.その進化の過程で劣性遺伝子が(移動距離の長いものが)淘汰されてゆきます.このように,これは一種の最適化問題です.しかし,これを実際にインプリメントする過程で,突然変異率や評価関数の設定,親の選択のしかたなど,おおくのパラメータを指定する必要があります.その設定のさじ加減がシミュレーションにおおきく影響します.ほとんどクラフトマンシップ的な手作業が要求されます.この例は展覧会における参加者に2通りの仕方で参加できるということを示唆します.ひとつはアルゴリズム自体を提示するということです.そして,もう一つはアルゴリズムを適用するさいのパラメータの扱い方を提示するということです.

3番目のアルゴリズム自体の,あるいは生成されたパターンの解釈のしかたですが,ここでは建築家・渡辺誠氏の「太陽都市」を例にします.直接,お話をうかがって確かめたわけではないので,以降わたしの推測になりますが「太陽都市」は「ライフ・ゲーム」です.ライフ・ゲームは正方形の碁盤の各桝目(セル)が生きているか死んでいるかということを世代を追ってシミュレートします.ある世代において,あるセルが生きているばあい,その周囲の8個のセルのうち4個以上が生きているばあい,あるいは生きているものが1つか0の場合,そのセルは次の世代で死滅します.それ以外の場合のときは生き延びます.また,そのセルが死んでいた場合,近傍に生きているセルがちょうど3あった場合,そのセルは生き返ります.これを何世代も繰り返してゆくと碁盤上のセルの生死の分布が特定のパターンに収束してゆきます.ライフ・ゲームではセルの生死は,周囲が人口過密であったり,極端に過疎であったりすると生き延びられないと解釈されます.また,周囲の環境が適切な場合,あらたな生命が誕生すると解釈されます.渡辺氏の「太陽都市」はこの碁盤を3次元化し,周囲の人口密度を日照問題におきかえ,集合住宅における住戸の配置をシミュレートしたものだと考えられます.この例では,あるアルゴリズムを建築の配置に適用したということ以上に,それに日照問題という社会的なコンテクストのなかでの解釈をあたえたことが卓抜していると思います.こう考えると,展覧会参加者がある特定のアルゴリズムないし生成されたパターンに都市的・社会的な解釈をあたえる,抽象的なアウトプットに具体的なプロパティをあたえるというのも有力な参加のありかたになり得るのではないでしょうか.

こう考えてくると「インターネット」のセクションにおいても,何らかの例題があったほうが取り組みやすいと思われます.私としては,月尾研究室の中西泰人氏,AA Labの浜野慶彦氏の参画を得て,この例題作りを進めたいと考えています.中西氏は遺伝的アルゴリズムを都市のシミュレーションに応用する研究をすすめています.浜野氏は特にLシステムに興味をもっています.Lシステムはタートル・グラフィックスを応用した再帰的なアルゴリズムで,コッホ曲線やフラクタルにつながります.彼らの参画をえて,現在知られているいくつかの興味あるアルゴリズムの「海市」への応用例をつくります.「巡回セールスマン問題」「囚人のジレンマ」「ナップサック問題」「ライフ・ゲーム」「Lシステム」などから始める予定です.これらに共通しているのはアルゴリズムとしてのエッセンスはそれ自体非常に簡潔で単純なものであるということです.プログラムのコードとしては数十行から数百行程度の記述でしょう.これを繰り返し実行することで複雑なパターンが生成されます.展覧会への参加者は新たなアルゴリズムを提示してもよいし,それを用いて生成されるイメージ,パターンを提示してもよいし,既存のアルゴリズムをパラメータを変えてシミュレーションし直してもよいし,あるいはウェブ・ページにのせられたイメージにたいして新たな解釈,意味付けをくわえることでも参加できます.一方,ウェブ・ページを通じて「プロトタイプ」「シグネチャーズ」「ヴィジターズ」にたいする意見・提案が寄せられます.それらもやはり,既存のアルゴリズムにたいする新たな解釈,意味付けととらえることができます.たとえば,「プロトタイプ」自体はコンピュータをまわしてシミュレートできる状態にはなっていませんが,その設計のプロセス自体をある種のアルゴリズム,手続きとしてとらえることは可能です.こうして,アルゴリズム自体あるいは生成されるパターンに何らかの意味付けをあたえようとすると,「ネットワーク」に容易に結びついてくるように思われます.現に「プロトタイプ」においても浜野氏によるシミュレーションは街路の生成として意味をあたえられました.都市計画では伝統的に,土地利用計画とよばれる面としての計画と交通計画とよばれる線の計画が2本の柱です.前者はゾーニング,後者はネットワークの計画です.建築計画のレベルでは施設配置計画および動線計画とよばれます.「インターネット」のセクションでのシミュレーションがネットワークの作り方にたいしてなんらかの示唆をあたえることができれば,それだけでも興味深いことです.