生物学の手法を取り込んで言語を研究するプロジェクトで,文化と自然の境界を探る試み.2000年前に「死んだ」言語とされている古ヘブライ文字と現代ヘブライ文字をつなぎ,ありえたかもしれない文字の進化の過程を提案する.作者は土壌細菌「パエニバチルス・ボルテックス」を含む「バイオインク」をつくり,このインクでペトリ皿の上に古ヘブライ文字を書いた.重ねるようにして,細菌のエサになるたんぱく質で現代ヘブライ文字も書いた.細菌はエサに向かっていくようにして増殖するため,細菌の集団の形が変わり,あたかも古代の文字が現代の文字へと形を変えるように見える.細菌の増殖はエサや温度などの条件に左右される.このプロジェクトでは生き物の活動を制御したいという人間の欲望と,自然の流れという2つの力が拮抗することになる.また,生きた言語がどのように進化していくか,その過程を提案する試みでもある.アーティストは研究,実験とその結果を独自展開した理論と組み合わせて自然,文化,言語と文字について思索を深めている.生物学を通した創造活動のなかで科学技術と自然がどのように共存するかを試すプロジェクトでもある.
第20回文化庁メディア芸術祭 アート部門優秀賞受賞作品