本作品では,一般的なスピーカーと同じように,コイルに音声信号が入力され磁石が振動し音が鳴る.しかし,そこから響く音は音声信号を忠実に再生したものではない.このスピーカーで出力するのは鋼帯という素材に響いた別の音だ.鋼帯とは,工業部品の一つでバネやゼンマイとして利用されている素材である.弾くと金属音がバネの構造によって響き意外な音が鳴る素材だ.
ミュージックコンクレートの発明者として著名なP.シェフェールについてフィリップ・ロベールはこう記している.
「彼を惹き付けたのは,音の中身と物質性であり,そのために彼は音を音源からひきはなし録音媒体上で加工するというアイデアに基づいた音楽を構想する新たな方法を発明出来たのだ」
しかしこの発明に私達はピンと来ないだろう.生まれた時からスピーカーや録音機器が在った私達にとって音と音源が必ず一致しているという常識は通用しないからだ.
本作品は音と音源を引き離した信号で,再び物体性のある音源を生み出している.P.シェフェールならば本作品に対し,切り離したものを再びくっ付けて当たり前の音にしてどうするのかと訊くかもしれない.現代人が音と音源の繋がりを失ってしまったからこそ本作品は作られたのだ.